プロが教える「進路づくり」 第9回 <2021年度連載>

第9回 NPOや自治体にこそ、実は大事なマーケティング

社会の課題を解決するためには、何を学べば良い?

人や社会の役に立つような仕事がしたい……と考える若者は少なくないようです。高校生に将来の目標をたずねたとき、「社会の課題を解決することに関わりたい」「困っている誰かのためになりたい」なんて言葉が返ってくると、嬉しくなります。最近は探究学習に力を入れている高校も増えていますので、その過程で地域の課題やSDGsなどについて理解を深めていることなども、こうした進路意識に影響を与えているかもしれませんね。

広義で考えれば大抵の企業活動は人や社会の役に立っていると思うのですが、公共的、公益的という観点でNPOや地方自治体などの仕事を特に希望される方も多いです。近年では企業でキャリアを積んだ後にNPOへ転職される方も増えていますから、若者に限った話ではないのでしょう。

さて、「大学で何を学べば、社会の課題を解決できますか」と、たまに高校生に聞かれます。でもこれ、答えが難しいです。解決したい問題によりますよね。公務員になりやすそうという理由で法学部や政策学部、地方創生を学べる学部などに関心を持つ方は多いのですが、実際には地方自治体でもNPOでも、様々な専攻出身の方が働いています。工学部や福祉学部、芸術学部などで学んだ方にしか気づけないこともあります。その意味では、多様な視点や発想こそ、社会課題の解決において最も大事な要素だと言うこともできます。

様々な選択肢がある中、高校生が気づきにくく、でも個人的にお勧めの選択肢の一つが実は「マーケティング」です。経営を学ぶことと、社会の役に立つことが結びつかない高校生も多いのでしょう。これを言うと「?」という顔をされます。
非営利組織にこそ、マーケティングやマネジメントの知識が不可欠
世界的なマーケティングの研究者として知られるフィリップ・コトラーは 、マーケティングを「製品と価値を生み出して他者と交換することによって、個人や団体が必要なものや欲しいものを手に入れるために利用する社会上・経営上のプロセス」と定義しています。その上で、以下の例を見てみてください。

(1)家庭の経済状況が十分でない高校生に対し、大学進学に必要な教育を提供し、経済格差の連鎖を断ち切る。

(2)産業の衰退や過疎化に悩む町で新しい目玉施策を立案し、人々の移住や観光を促進させ、財政を健全化させる。

(3)プロデビューを望む漫画家志望者に対して、編集者やプロの支援を受けられる専用アパートを安く提供する。アパートは空き室に悩む大家から借り上げて整備する。これにより若者が活躍できる社会づくりに貢献する。

(4)高校生に対して、大学の「普段の授業」を体験できるプログラムを開発する。進学後のリアルを早くから知ることでミスマッチを減らし、全国の大学中退者を減らす。


いかがでしょうか。たとえば(1)なら、経済格差をなくす方法は(奨学金を配るなど)他にもあるはずです。また教育を提供する相手も高校生ではなく、小学生にしたって良いですよね。しかし労力や時間、予算は限られています。問題を解決するために、その状況に合わせて最も効果的な選択肢を採らねばなりません。(2)〜(4)も同様です。

問題の所在を明らかにし、自分達が対象にすべきターゲットを設定し、そのために最も効果的な施策を考案する。効率的にそれを提供する方法、十分に周知するための広報などを実践し、後に施策が効果的だったかを検証する……これらはいずれも公益性の高い事業ですが、みなマーケティングの実践事例なのです。
(ちなみに(3)と(4)は、倉部が理事を務めるNPO法人NEWVERYの事例です)

実際、NPOの現場などでは「チャネルはどう考えているの?」「ターゲットをもっと明確にしないと効果は出ないよ」など、様々なマーケティング用語がしばしば会議の場で飛び交います。NPOの場合は特に小さな組織や少ない予算で効率的に物事を動かし、社会にインパクトを与えるための企画力や行動力が求められますので、企業でマーケティングの仕事を経験してきた方は即戦力として重宝されているように感じます。

多くの地方自治体が、しばしば街おこしのためにB級グルメを開発したり、広報のためのゆるキャラをつくったりしています。その中には期待以上の成果を上げたものもあれば、「こんなことのために税金を使ったの?」と市民から批判される結果に終わってしまったものもありますね。大切な税金を使うからこそ、単なる思いつきではなく十分にリサーチや検討をし、効果検証をするというマーケティングの基本が、実は企業以上に大事です。

様々な研究や実践によって磨かれてきたマーケティングの理論や手法が力を発揮するのは、企業の中だけではありません。教育や医療・福祉、地方創生、貧困・格差の解消など、様々な現場で強力な武器となります。「お金儲けのための学問なんて……」という先入観で、自分の望む進路と関係がないと思い込んでいる高校生も少なくないのですが、それはもったいない。高い志を持っていても、それだけでは社会を変えられません。具体的に人や組織を動かすスキルを持っているメンバーがいると、プロジェクトは進みます。ぜひ広く、経営学の分野などにも興味を持っていただけたらと思います。

(ご参考)産業能率大学のマーケティングが学べる学科・コース

倉部 史記
「高大共創」のアプローチで高校生の進路開発などに取り組む。日本大学理工学部建築学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。私立大学専任職員、予備校の総合研究所主任研究員などを経て独立。進路選びではなく進路づくり、入試広報ではなく高大接続が重要という観点から様々な団体やメディアと連携し、企画・情報発信を行う。全国の高校や進路指導協議会等で、進路に関する講演も多数努める。著書に『看板学部と看板倒れ学部 大学教育は玉石混合』(中公新書ラクレ)『文学部がなくなる日 誰も書かなかった大学の「いま」』(主婦の友新書)など。
(ウェブサイト)http://kurabeshiki.com/