社会連携型PBLの留意点:松尾尚ゼミでの石巻市・石巻魚市場買受人組合との連携を例に

1.ゼミ活動の軸としての企業タイアップ型PBL
 経営学部 マーケティング学科 松尾尚3年次ゼミでは、2022年度のマーケティング・プロジェクトとして、2つの取り組みを行っている。
 (1)思い入れのあるさかな街石巻の実現のための戦略立案と実行(協力:石巻市役所、石巻魚市場買受人組合、株式会社東京久栄)
 (2)川崎水族館(カワスイ)の魅力度向上のための戦略立案と実行(協力:川崎水族館)

 2つのプロジェクトの共通点は、戦略企画の質評価にとどまらず、その戦略を学生がパートナー企業・団体と協働して実行することである。そして、実行を通じて顕在化した課題を次の企画で修正して生かすといった戦略のループを体験することである。  
 本稿では、(1)石巻魚市場のケースを例として、社会連携型PBL(Project Based Learning)の課題と、大学としてPBLを進める上での留意点について、述べていきたい。
 石巻市は世界有数の漁場を持つさかなの街であるが、2011年の東日本大震災の影響もあり、昨今その水揚げ量が伸び悩んでいる。そこで、産官学連携により、これまで築き上げてきた漁業ブランドの特長をさらに引き出し、消費者や来街者にとって、より「思い入れのあるさかな街」となるための戦略を実行することが、2022年度のPBLテーマである。

2.大学教育におけるPBLの位置付け:理論学習とPBLの補完関係の構築
 「社会と連携しての課題解決型授業」を意味するPBLは、2012年の文部科学省中央教育審議会(中教審)の答申をきっかけとして、各大学において推進されてきた。この答申では、「大学は学生の主体性を育成するための能動教育を推進すべきである」との明確な方針が出された。教員が何を教えたか(teaching)ではなく、学生が何を修得したのか(learning)を教育指標にすべきであるという考えの下、各大学がlearning outcomeを高める手段の1つとして、PBLを重要視することとなる。
 そのような社会変化の中、松尾ゼミでは、ゼミPBLと座学教育を補完させることで、ゼミ学生の成長を促してきた。経営理論修得を軸に置く座学だけでは、その知識が学生の中に定着しているかの確認が難しく、知識の内化には限界がある。よって、講義で得た知識を血肉とするため、ゼミで実施するPBLを通じて外に発信(外化)し、学生同士・対教員・対社会との議論の中で、コンフリクト(躊躇・葛藤・疑問・失敗等)を体験させることにより、より深い授業理解(再内化)を期待した。
 まとめると、講義型カリキュラムにPBLを入れ込むことで、知識の内化(講義型授業)→外化(PBL体験)→知識の再内化(経営理論の血肉化)を図ったわけである。
 ところが、ゼミ現場で上記の効果が実感できているかというと、そうではないとの反省がある。その理由の1つは、社会(企業・団体)と大学という目的を異とする二者間の利害関係があるためである。
3.PBLを進める上での課題:本学-連携先の全体最適追求の難しさ
図1:社会と大学のPBLに取り組む姿勢
出典:筆者作成
 図1は、社会と大学双方のPBLに対する姿勢を、消極的/積極的の2つに分けたときの各象限における両者の利得を、定性的に表したものである。
 社会(企業・団体)と大学が異なる事業目的を持つ以上、2者に接点を持たせようとすると、利害の衝突がどうしても巻き起こる。企業と大学の協働プロジェクトでいえば、企業サイドは、基本的に売上・利益等の業績を重要視することは当然であるし、一方で、大学に属するゼミ教員としては、ゼミ生の能力(リテラシーやコンピテンシー)向上を最優先したい。
 2者が協働して両者の合計利得の最大化を目指すなら、図1の右下「両者が全体最適を目指す」の象限に集約されるが、現実は、お互いが自己利益優先という部分最適を狙うため、消極的な対応をとり、左上「大学・社会各々独自に活動、もしくは結びついても離脱可能」に落ち着く。つまり、関係性が希薄であり、継続性が低いということである。また、PBLでありがちなのは、どちらかが積極的に働きかけた場合、左下、もしくは、右上の「フリーライド」の問題が生じることになる。
 つまり、PBLの理想形である右下の象限「両者が全体最適を目指す」に両者がコミットするためには、何らかの“仕掛け”が必要ということになる。これまで本学教員として、ゼミ活動にて社会連携型PBLに取り組んできたが、常に上記の問題を抱えてきた。そして、上手くいかない理由を構造的に捉え、対策を講じたのが、石巻市・石巻魚市場買受人組合と連携してのPBLである。
4.PBLの勘所:事前折衝・事前合意の重要性
 “自己利益を第一に考える”ことが人・組織の根源的な資質とすれば、そうならないための縛りを課して、双方合意すればよい。端的に言えば、「お互いこの関係性から離脱しない」、もしくは「相手の努力にフリーライドしない」との事前合意をしておくことである。
 それには、双方の目的を確認し、お互いが自らの利得を主張するだけでなく、個々の目的を達するために相手側の言い分を聞くこと。そして、両者が求めるものの最大公約数をとる、もしくは、相手方の目的を達成するために、あえて相手方に協力することを事前コミットするなど、縛り合う関係性に合意することが求められる。
 こう書けば非常にたやすいことになるが、この胸襟を開いてのすり合わせは、実際には難しいことを体験してきた。なぜなら、大学側としては、「営利追及の企業が、大学のために時間を割いてくれているのだから、彼らの意に沿うようにしよう」との遠慮が生じるからである。言い換えれば、本来、学びの手段であるべき社会連携が、社会と連携すること自体が目的化してしまう場合が多くなってしまう。
 上記の反省があり、松尾ゼミ石巻プロジェクトの場合は、図2の体制を作り、ゼミPBL運営を進めた。ゼミ開始前に何度も石巻市や漁業関係者と折衝を行い、彼らがどんな課題を持ち、何に優先順位を上げて取り組んでいきたいかを粘り強くヒアリングした。そして、相手方の目的を達成するために、経営学部の学びの制約下で、大学として何を提供できるかを提案し、双方合意に至ることが出来た。
 加えて、当事者である松尾ゼミ-石巻関係者のインターフェイスとして、長らく水産関係のコンサルテーションを行ってきた株式会社東京久栄に参画いただいた。株式会社東京久栄には、双方の要望を聞きながら、俯瞰的な視点で、両者の最大公約数を取るための調整業務を担っていただいた。PBL開始前から、業務として現地との信頼関係を構築していた株式会社東京久栄の存在は、両者の関係性を円滑に保ち、強化するために必要不可欠な存在であった。この場を借りて、株式会社東京久栄に感謝申し上げたい。
図2:松尾ゼミ-石垣関係者-株式会社東京久栄 3者の関係性
出典:株式会社東京久栄からの提供資料を筆者一部修正
 このような話し合いの過程を経て、取り組みテーマを決定した。石巻側の要望は2点ある。1点目は、マクロアプローチとして、消費者のさかな離れという固定観念の真偽についての再調査と、さかな離れに対する対策を打ちたいということである。2点目は、ミクロ視点から、石巻を思い入れのあるさかな街とするための戦略を実行し、現地水産業の認知度を高めたいとの想いである。
 この2点であれば、ゼミ生にとっても、さかな離れについて消費者の深層心理を知るための実践的演習として有意義な経験となり、かつ、さかな離れの要因を導出した後は、仮説検証のための戦略立案・実行を体験できる。よって、双方合意の上、「思い入れのあるさかな街石巻の発展のための戦略立案と実行」をテーマとすることができた。
5.まとめ
 石巻での取り組みを例にとり、PBLに実効性を持たせるためには、双方が全体最適を目指すための事前合意が必要であることを述べてきた。
 石巻とのプロジェクトは2022年度が初年度にあたり、まだ目に見えた成果は出ていない。しかしながら、事前折衝を丁寧に行ったこと、そして、前学期中に関係者との人的交流を、Zoom等で頻繁に行ったことにより、お互いをサポーターとして認識する段階まで来たと感じている。
 PBLというと、商品企画といったモノに焦点を絞ったものが多くなる。なぜなら、目的がはっきりしている分、取り組みやすいテーマだからである。しかし、松尾ゼミでは、あえて、特産物の物販といったモノを中心とする関係性ではなく、ヒトを軸とした関係性構築を目指してきた。モノに焦点を当てると、産品の展開、観光客誘致といった目に見える成果を得られるが、一方で、単発的取り組みに終わり、または、両者の利害関係の軋轢を招く可能性があるからである。
 両者の継続的関係性を中長期的に維持発展させる“仕掛け”が、社会連携型PBLには求められる。大学が提供できるものは、経営学を軸とした普遍的で包括的な方法論であり、地域や企業が提供できるものは、リアルで個別的なビジネス体験である。この情報の質の違いを利用して、双方の利となるようにすることが、これからの社会連携型PBLに不可欠であると考える。