地域創生とソーシャルビジネス
—地域住民の参加と地域資源の活用による新しいビジネスモデルの創造—

研究員コラム
はじめに
「地域創生」を進める主体として、「ソーシャルビジネス」が期待されている。自治体によっては、ソーシャルビジネスによる創業を支援したり、ソーシャルビジネスが持続的に活動できる環境を整備したりするような取り組みも行われている。地域創生の担い手として、ソーシャルビジネスは他の主体にはない優位性を持っていると考えられる。そこで、このコラムでは、ソーシャルビジネスの特徴を地域創生の観点から共有したうえで、ソーシャルビジネスの現状とさらなる発展のための方策について考えていきたい。
ソーシャルビジネスとは
ここでは、ソーシャルビジネスを「社会的課題をビジネスの手法で解決する主体」と理解しておこう。地域創生の観点からソーシャルビジネスを考えると、その役割は、地域の人たちが生活をしていくうえで必要不可欠な財やサービスを提供すること、あるいは、仕事をつくり地域の人たちに雇用の場を提供することであると考えられる。社会的課題は、地域に暮らす人たちが何等かの理由で必要な財やサービスの提供を受けられなかったり、仕事を見つけられなかったりすることに密接に結びついている。ソーシャルビジネスとは、公共サービスからの排除、あるいは商品市場・労働市場からの排除から生じるさまざまな課題に対応するものと考えられる。

日本では、ソーシャルビジネスを「社会性」「事業性」「革新性」の観点から理解されることが多い(『ソーシャルビジネス研究会報告書』平成20(2008)年4月、経済産業省)。ここでいう社会性とは「現在解決が求められる社会的課題に取り組むことを事業活動のミッションとすること」、事業性とは「ミッションをビジネスの形に表し、継続的に事業活動を進めていくこと」、そして革新性とは「新しい社会的商品・サービスや、それを提供するための仕組みを開発したり、活用したりすること。また、その活動が社会に広がることを通して、新しい社会的価値を創出すること」と理解されている。ここで重要なのは、目的としての社会的課題の解決に対してビジネスという手段を用いる、ということである。

重要な視点は、社会的課題の解決は、そもそもそれが社会的課題として顕在化している時点で、何らかの理由で「通常の」ビジネスとしては成立しない、本質的な性格をもっているということである。ソーシャルビジネスを、社会的課題、例えば高齢者福祉、障害者支援、子供・子育て支援、環境問題など、を新しい市場としてとらえ、そこに事業機会を見出しビジネスとして参入する、つまり社会的領域でビジネスを行うもの、というように理解する場合もある。しかし、実際に地域で社会的課題を目の当たりにすると、そこには事業性がないことがしばしばである。そこで、「革新性」、特に「仕組みを活用したりすること」、つまり「通常の」ビジネスにはない、新しいビジネスモデルの構築が求められるのである。
地域創生の担い手とソーシャルビジネス
地域創生の担い手は、その地域に住んだり関係したりする当事者である。現在の政府が策定した「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(平成26(2014)年12月27日閣議決定)にも、「地方創生」が目指す社会として、「地域に住む人々が、自らの地域の未来に希望を持ち、個性豊かで潤いのある生活を送ることができる地域社会を形成すること」「自らの地域資源を活用した、多様な地域社会の形成を目指す」とあるように、地域創生(国の政策では「地方創生」)は地域住民(あるいは、そこに関係する人たち)の主体的な取り組みが求められているのである。

ソーシャルビジネスは、その特徴から、この「地域創生を担う地域住民の主体的な取り組み」を実現する主体として期待されているのである。地域創生に求められるのは、それぞれの地域において地域に暮らす人たちの生活を支えるような財やサービスの提供、あるいは雇用の創出である。それは、地域の「必要」に根差したものであり、当事者である地域住民がその事業(必要な財やサービスの提供や雇用の創出)に主体的にかかわることにより実現できる。つまりソーシャルビジネスは、地域のニーズやウォンツに焦点をあてた考え方である。一方、地域に根差さない事業者は、地域におけるニーズやウォンツそのものではなくデマンド(需要)、つまり市場性を重視する。いくらニーズやウォンツがあったとしても、そこに事業者としての経済的価値(つまり、儲かること)がなければ参入しない(あるいは、撤退する)のである。

もう一つの重要な視点は、ソーシャルビジネスが地域の住民の参加を通して、地域の多様な資源を活用できることである。ソーシャルビジネスという事業体に集う人たちの動機付けは、必ずしも金銭的なものだけではない。ソーシャルビジネスと課題を共有したり、ソーシャルビジネスの事業に共感したりする地域や地域に関係する人たちが、さまざまな経営資源をもたらしてくれるのである。また、地域に根差した活動であれば、地域で活用されていない資源にも目が行くことであろう。さらに、地域の課題解決に取り組むという視点から、自治体や公的機関との協働も考えらえる。もちろん、ソーシャルビジネスによって市場性のある財やサービスを提供すること(例えば、地域のカフェやレストランなど)もしばしば行われている。このように多様な人たちの「参加」は、多様な資源の獲得に結び付き、これがソーシャルビジネスの「革新性」の源泉となるのである。
おわりに
ここまで、地域創生にとってソーシャルビジネスという主体の可能性について紹介してきた。ソーシャルビジネスが扱う課題は、生活に必要な財やサービスが獲得できないような、あるいは通常の状態では仕事がないような、公共サービスや市場からの排除にかかわるものであり、ソーシャルビジネスは地域住民の参加と多様な資源の活用により新しいビジネスモデルを構築することにより対処しようとするものである。

ところで、本学の創立者である上野陽一は、提唱する「能率」の要諦を「能率10訓」※としてまとめている。その中で能率について、「能率トワ ムラヲ ヘラシテ スベテノ ヒト ト モノト カネ トガ イカサレテ イル 状態デ アル」と説いている。ここでいう「ムラ」とは、目的・目標が手段に対して適合していないときに生じる「ムリ」と「ムダ」によって引き起こされる。少子高齢化に代表されるような社会の大きな変化に直面している地域社会にとっては、地域に生活する人たちの想いや意欲、あるいは地域にあるさまざまな資源は貴重である。それらをムリなくムダなく活用するために、ソーシャルビジネスの活動が期待されているのではないか。


※参考文献
学校法人産業能率大学HP
創立者 上野陽一 「能率10訓」
https://www.sanno.ac.jp/admin/founder/nouritsu10.html
(2020.12.3)
経営学部 教授 中島 智人(地域創生・産学連携研究所 研究員)