産学官連携事例~大磯町、伊勢原市(大山阿夫利神社)~

情報マネジメント学部 教授 柴田 明彦
◆はじめに
 本学とのファーストコンタクトは、私が大磯町参与の時にさかのぼる。当時(2018年以前)、大磯町は神奈川大学と東海大学の2大学と協定を結んでいたが、大磯町を基点に北上すると本学があった。そこで、中崎町長(当時)に本学との包括協定交渉を進言したところ、一任されたため、本学の情報マネジメント学部を訪れた。以降、小柴副学長(当時)と協議を重ね、2018年8月29日に地域社会の発展、学術文化研究の振興および人材の育成を図ることを目的とした「包括的な提携に関する協定」を締結した。締結後、小柴先生のご尽力により複数ゼミとのコラボレーションが活発に展開された。以下に大磯町参与、本学教員として手掛けた産学官連携について述べる。
◆大磯町「旧吉田茂邸」リブランディング
 当内容は私が大磯町参与として手掛けた事例であり、本学が直接関与するわけではないが、私の考えの土台となるためここに述べる。
吉田茂邸は2009年3月、火事により母屋が全焼した。しかし、大磯町は同年7月早々に「大磯町旧吉田茂邸再建基金」を設置し、町内外から寄付を募り再建を果たしたことで、2017年4月より一般公開が始まった。私が参与として課せられたミッションは「旧吉田茂邸リブランディング」。寸分違わず再建された邸宅ではあるが、残念ながら吉田茂の「手垢」であり「息吹」は残っていない。この事実を踏まえブランド戦略を構築しなくてはならなかった。まずはグランドコンセプトを練り上げることに着手した。
 吉田茂は東久邇宮内閣や幣原内閣で外務大臣を務めたのち、1946年5月22日、第45代内閣総理大臣に就任した。彼は大磯邸で何を考え過ごしていたのだろうか。戦後間もない時代、社会基盤整備・経済復興・外交・教育等々、複数の構想を思い描き、一つ一つ丁寧に吟味・選択(ある時は苦渋)・実行してきたのではないだろうか。そう、大磯邸は「決断」を繰り広げてきた空間に他ならないと考えるに至った。そこで、コンセプトの概要を固め「決断の聖地」とネーミングした。
 さて、コンセプトワークを終え、次は具体的なアクションに移る。ここで少々余談ではあるが、地域活性・創生に際し「産学官+ローカルメディア」という座組で推進するのが、私の癖(笑)だ。それぞれの属性について詳述していきたいが、紙幅の都合から「産」についてのみを述べる。
 「産」は以下3パターンに大別する。ⅰナショナル企業(全国展開企業。例:トヨタ自動車株式会社、パナソニック株式会社ほか)、ⅱブロック型企業(広域型展開企業。例:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)、東京電力ホールディングス株式会社ほか)、ⅲローカル企業(地域企業。例:「井上蒲鉾店」*吉田茂がこよなく愛した140年続く老舗蒲鉾店@大磯ほか)。これらの中から最も効果的な企業を見極め、アプローチを行うことが重要となる。
 次に、企業を巻き込む際のポイントは「オフィシャルサプライヤー」という概念だ。同概念はオリンピックやワールドカップといったスポーツイベントで広く導入されている。例えば「オフィシャル・タイマーSEIKO」「オフィシャル・ウエアMIZUNO」「オフィシャル・ドリンクCoca-Cola」といった類いだ。しかし、この概念はスポーツイベントの専売特権ではない。今回の旧吉田茂邸リブランディングのような「文化プログラム」にも応用すべきだと私は考えてきた。そこで「決断の聖地」というコンセプトと親和性のある企業との連携を視野に入れ、活動を推進することとした。
 それらを踏まえ、本件のアクションとしてまずは、オフィシャルサプライヤー日本酒部門から取り掛かった。吉田茂は外交官から政界に進出する際、故郷である高知から出馬した。吉田茂は1960年、オールドパーをぶら下げ、高知を遊説。司牡丹酒造を訪問した際に、竹村源十郎社長(当時)から司牡丹純米酒を振る舞われ、一口飲んで大いに気に入り、著書『世界と日本』の中に酒銘を記すほどの愛飲家となった。ブランド戦略には「物語性」が欠かせない。この史実を活用しない手はない。司牡丹酒造株式会社社長の竹村昭彦氏に「決断の聖地」のブランド戦略、商標登録申請、売り上げの数パーセントを旧吉田茂邸維持費に寄付していただく等々の内容を記した手紙(古今東西、手書きラブレターの効力は絶大だと確信している)を投函。投函三日後に竹村社長から電話をいただき、主旨をご理解、ご快諾いただき司牡丹酒造が「オフィシャルサプライヤー第1号」となった。
 こうして、今回はローカル企業である司牡丹酒造株式会社との提携により、吉田茂邸を体現する一つの製品(日本酒『決断の聖地』)が完成し、吉田茂の「息吹」を蘇らせる一歩を踏み出したのであった。
右から中崎大磯町町長(当時)、竹村司牡丹酒造株式会社社長、柴田
決断の聖地 商標登録証
決断の聖地 商品写真
◆「Sプロジェクト」
 3年前から友寄ゼミで新たなPBL「Sプロジェクト」を立ち上げ、今年で4期目を迎える。本学に籍を移した私は本プロジェクトにプロデューサー・アドバイザーとして携わり、当プロジェクトを推進してきた。
 Sプロジェクトとは、石鹸(soap) ・社会貢献(Social contributions) ・笑顔(smile) ・広がり(spread)の意味を持つ。具体的には、本学の各方面のステークホルダーと連携を深め、地域のOriginalityを活かした石鹸を作成することで話題を提供する。また、売り上げの一部を然るべき団体に寄付することで地域振興に貢献する。さらに、ワークショップの開催を通じて、SDGsに対する意識の向上を図るとともに、石鹸を作るという時間と空間を共有し、体験することで異世代コミュニケーションを促進することを目的とする。簡潔に言えば、手作り石鹸体験を通じて異世代コミュニケーションを活性化することだ。
Sプロジェクトのロゴ
 本プロジェクトの活動を振り返る。第1期(2021年2月):「湘南学園小学校」(藤沢市)で手作り石鹸の出前授業を展開。第2期(2021年8月):一般社団法人green4と提携し、大山阿夫利神社オリジナル商品「神塩石鹸」(大山阿夫利神社「真塩」を配合)を境内で販売。第3期(2022年7月):大山阿夫利神社が共催として参画し「手作り石鹸ワークショップ」を開催。伊勢原市が誇る観光資源の一つである同神社を本プロジェクトの拠点に定める。
 この2年間のポイントは段階的なステークホルダーの拡大。第1期:学校法人湘南学園、第2期:一般社団法人green4・大山阿夫利神社・伊勢原市、第3期:株式会社JTB ・神奈川新聞社・株式会社空飛ぶペンギン社と、期を重ねるごとにステークホルダーを増やしてきた。特に第2期において大山阿夫利神社との関係性を深め、第3期の手作り石鹸ワークショップ開催へつなげたプロセスには意味があった。
「神塩石鹸」を境内で販売
Sプロジェクト第3期概要
 第4期(2023年7月22日)では、第3期同様のワークショップを開催予定。今期は新たなステークホルダーとして株式会社Gakken・アサヒ飲料株式会社(カルピス)・小田急電鉄株式会社に向け提案活動を行っている。今後は本プロジェクトが大山阿夫利神社「夏の風物詩」として定着するべく努める。
 最後に、異世代コミュニケーション活動の中長期的な展望について述べたい。今後ともSプロジェクトと親和性の高いステークホルダーを巻き込み、異世代コミュニケーションの促進を図っていく。「産学官+ローカルメディア」という「方程式」を学内で浸透させ、長期的には全国807(出典:文部科学省「学校基本調査」2023年2月14日時点)大学に広めていきたいと考えている。ステークホルダーを広げていくために「アウター政策」と「インナー政策」の両輪が必要である。インナー政策に関しては下図参照。
 デジタル化は時間と距離を極限までに短縮した。その中でも我々は自ら足を運び、アナログ的な方法で、三期にわたり「異世代コミュニケーション」を展開してきた。しかし、アナログのみの開催では、幼い子どもを連れた家庭や、足の不自由な人々が容易に足を運ぶことが出来ないなどの時間と距離の制約が伴う。これは、異世代コミュニケーションの促進を阻んでいる根本的な問題でもある。また、第3期ワークショップでは、フォトシュシュ(*参照:https://soratobu-penguin.com/shushu/)によってデジタルならではの同時多発性を利用した参加型の演出も行った。そのような演出の方法論も今後の継続検討課題である。また、ワークショップを行って得た知見を後世に残すことも考えなくてはならない。第4期に向け株式会社Gakkenを巻き込む目的は、Sプロジェクトのメソッドを「副読本」にすることだ。副読本を持って伊勢原市内小学校へ出前授業に赴くことを考えている。

《異世代コミュニケーション×大学生×デジタル》

 三期にわたるワークショップを通じ、現代のデジタル化の潮流に乗り「異世代コミュニケーション」を促進する方法を幾つか模索していくべきだと痛感している。今後はSNSやZoomなどのツールも活用し「アナログ+α」での発信方法を検討していかなくてはならない。デジタル化が進むことによって、生活が便利になっていることは明白だが、それによって生じるデメリットも忘れてはならない。この点も異世代コミュニケーションの付帯テーマとなるだろう。
大山阿夫利神社の目黒久二彦権禰宜を囲み、
Sプロジェクト3・4年生幹部メンバー(2022年7月)