ゼミ活動と伊勢原・大山地区の地域活性化~教室を超えた学びの場を求めて~

情報マネジメント学部 教授 古賀 暁彦
はじめに
 筆者は2010年より、ゼミ活動を通じて伊勢原・大山地区の活性化に取り組んできた。湘南キャンパスでは古くからこの地区の活性化に関わってきた歴史があり、取り組みに着手した当初は、そうした諸先輩方が築いてきた人的なネットワークや研究活動の蓄積に大変助けられた記憶がある。本コラムでは、今までのゼミ活動を振り返り、今後の大学教育と地域支援のあり方を考察する。
1.地域活動にゼミとして関わることの意義
 ゼミで伊勢原・大山地区に関わることの最大の意義は、学生が伊勢原で学ぶ意味を見いだすことにある。都心から電車で約1時間の伊勢原駅からバスで20分かかるこのキャンパス、その周辺には飲食店やコンビニもほぼなく、夜になれば換気で開けた教室の窓から得体のしれない虫が乱入する。そして町を歩く人は高齢者ばかり、そんな湘南キャンパスに悪いイメージを持っている学生は少なくない。ある学生はこうつぶやいた。
「湘南という言葉に騙された。だいたい海もないし・・・」
 そうしたイメージを反転させ、「ここで学んでよかった。このキャンパスや大山に遊びに来たい」と思って卒業してもらうためには、ここでしか体験できない学びの機会を創出し、その体験を通じて伊勢原・大山で学ぶことの意義を見いだし、愛着を感じてもらうしかないと筆者は考えている。
2017年 古賀ゼミ紹介スライドより
 第二の意義は「地域のオトナ」との関わりである。多様性が叫ばれる昨今の状況とは裏腹に、大学ほど同質性にあふれた空間はない。同じ世代、同じ専攻、学力的にもほぼ同じような人間が集まり、さらに4年間一緒にいることでその同質性は高まっていく。社会に出れば様々な階層や世代の人とコミュニケーションを取ることが求められるが、こうした同質性の坩堝の中では本当の意味でのコミュニケーション能力を培うことができない。
 地域でのゼミ活動は、否が応でも異なる世代、見知らぬ職業のオトナたちとの関わりが必須となってくる。そうした活動を通じて、異なる他者とのコミュニケーション能力を向上させるメリットがある。筆者が所属するゼミナール研究会の報告では、自己変容や自己発見を生み出すコミュニティの要件として「異質な他者の介入」を挙げており、その意味でもゼミ活動として地域と関わることの意義は大きいといえよう。
自己受容・自己発見を生み出すコミュニティの要件
(2021 リクルートワークス研究所)
2.大山での取り組み
 次に、今まで大山地域で実践した主なゼミ活動について振り返ってみたい。その前に大山という地域の歴史と現状の課題について簡単に触れておこう。
 大山の歴史は古く、開山は755年に遡る。その後、江戸時代には「大山詣り」として多くの人が大山講を結成し参拝に訪れていた。山の麓には宿坊が立ち並び、大山講の参拝客をもてなしていた。一説には、江戸の人口が100万人だったころ、年間20万人もの参拝者が大山に訪れていたともいわれている。そしてこの「大山講」の風習は今も残っており、夏山のシーズンになると、各地の講社の団体が馴染みの宿坊の先導師の導きのもと大山参りを行っている。
 しかし、昨今は交通の便もよくなり、宿泊で参拝する講の客は激減している。また、宿坊経営者も年々高齢化する中で参拝客は減少し、廃業する宿坊も後を絶たず、町の活気も失われてきていた。その一方、アウトドアブームの影響で山ガール等の今までにない新しいタイプの顧客が増えてきたのだが、そうした客層にマッチした新しいサービスやコンテンツを提供できていないことが観光地としての大山の課題となっている。
 地域活性化の鍵としてよく「よそ者、わか者、ばか者を活用せよ」といわれる。情報マネジメント学部の学生はこの三拍子が揃った人材といえる。若者ならではの発想で今まで12年間数々の取り組みを実践してきたが、本コラムでは2つだけ紹介する。
2-1.滝の禊(たきのみそぎ)
 大山の歴史的な魅力を再発見し、それを広める活動としてゼミで最初に取り組んだことが滝の禊である。前述の大山詣りでは、神聖な山に登る前に必ず滝で体を清めることが大山詣りの風習であった(下図「登山前に滝で体を清める参拝客」参照)。
五雲亭貞秀「大山良弁図」 元治元(1864)年
https://www.city.isehara.kanagawa.jp/bunkazai/
 この滝の禊を現代に蘇らそうと考え、テストの成績が悪かった学生を対象に「追試にするか、滝に打たれて水に流すかどちらかを選択せよ」と迫ったところ、何人かの学生が滝の禊に参加することになった。
滝の禊の前に「鳥船行事」を行うゼミ生と筆者(手前)
浮世絵にある良弁滝に打たれる学生
 神聖な昔からの作法にのっとって滝に打たれることで、学生も新鮮な驚きを抱いていたようである。
 たまたまこの行事に参加した学生の内定率が良かったことから、「就活の滝」と称して体験観光の目玉としてプロモーションしてはどうかといったアイデアまで出たのだが、阿夫利神社でこの行事を担当している神主の方が急逝し、活動を休止している。
2-2.大山おからドーナッツ
 数年前に「山ガール」がブームとなった際、数多くの山ガールに来ていただくため大山に何が欠けているかをゼミで議論した。その時に出てきたのが「スイーツ」の存在であった。また大山は古くから「とうふ」が名物であった。そこで豆腐の製造工程でできる「おから」を使ったスイーツができないか検討していたところ「おからドーナッツ」というアイデアが出た。学生の半年間の試行錯誤で、ようやく円形のおからドーナツが完成。また地域の方のご支援でお店のスペースを無料で貸していただけることになったので、この「大山おからドーナッツ」を製造販売するプロジェクトがゼミ内で立ち上がった。
 ゼミを会社組織に見立て、社長、財務部、商品開発部、資材調達部、広告宣伝部等の組織を作り、店名を「kobara+3(コバラミタス)」として活動はスタートした。新緑の観光シーズンがスタートする4月中旬から秋の紅葉シーズンが終了する12月初旬まで、毎週土日と祝日に丸4年間「kobara+3」を営業した。地域の人と協力しながらお店を運営し、マネジメントを実践する学習の機会をいただいた。この活動の成果を社会人基礎力グランプリで発表したところ、関東地区の予選大会で準優勝するなど、外部からも認められる活動に成長した。しかし、この活動も最大の支援者の方の急逝に伴い中止を余儀なくされた。
kobara+3の外観
おからドーナッツ
3.現在の取り組み
 2021年度より、小田急電鉄株式会社とエンジョイワークス株式会社が主催する「大山これから会議」というコミュニティに参画し、ゼミ活動を推進している。夏や秋に行われる大山ケーブルカーのライトアップ営業時にイベントを開催し、来山客のおもてなしを実践している。
 また、今年度は新たな取り組みとして、秋の紅葉観光シーズンに大山を訪れる人を対象に街頭インタビュー調査を実施した。今までなんとなくのイメージで立案されてきた観光施策に対し、きちんとしたエビデンスをもとに政策形成を試みるEBPM(Evidence Based Policy Making)の考え方を用いて、今後の観光活性化の施策を検討立案中である。
夏のケーブルカー夜間運行時に開催した「線香花火長持ちチャレンジ」(2021年)
大山での観光客への街頭インタビュー(2022年)
4.今後に向けて
 ゼミで大山観光の活性化に取り組む中、筆者も教員として多くのことを学んできた。今まで組織の中での仕事しか体験してこなかった筆者にとって、多くの個人事業主の方たちとの協働は大変示唆に富む経験となった。また、学生も普段授業で学んだマーケティングやマネジメントの概念を実際の現場の中で活用することにより「机上の空論」でなく、役に立つ「知」として内面化してくれたものと考えている。
 そして、これらの活動の成果として最も嬉しく感じている事は、卒業後のゼミ生達がよく大山に遊びに来てくれているという事実である。この地への愛着を胸に社会に旅立ち、また当時を懐かしんで大山に遊びに来てくれる。ゼミでの活動を通じて地域や大学への愛着を彼らに贈ることができて本当に良かったと実感している。
 しかし、こうした地域支援活動は代償も少なくない。活動が土日等の休日に集中するため、担当教員は秋の観光シーズン等はほぼ休みが取れなくなってしまうのである。こうした課題を解決するため、複数の教員で協力しあって大山の活性化を支援する仕組みができないか現在有志で検討中である。大学の中の学びと外の学びを両立させるため、教員の役割や組織的な活動体制の構築が求められているといえよう。
<参考文献・参考サイト>

リクルートワークス研究所(2021)『ビジョン提示 ポストコロナのゼミナールを考える』
https://www.works-i.com/project/seminar/symposium/detail001.html(2022年12/22確認)

いせはら文化財サイト「浮世絵に見る相模大山」
五雲亭貞秀「大山良弁図」 元治元(1864)年
https://www.city.isehara.kanagawa.jp/bunkazai/(2022年12/22確認)

一般社団法人 社会人基礎力協議会
『社会人基礎力育成GP 2014年度 地区予選大会 結果』
http://biz100.xsrv.jp/gp/award/2014gp-result-c(2022年12/22確認)

真壁昭夫(2012)『若者、バカ者、よそ者 イノベーションは彼らから始まる』(PHP研究所)

大山これから会議
https://hello-renovation.jp/oyama