天丼「てんや」との産学連携プロジェクト

経営学部 教授 漆田 隆司
マーケティングの知識をビジネスに活用する研究活動を行っています。専門ゼミでは、主にサービス業界を中心に、種々のマーケティング分析手法を交えながら学修し、産学連携での新商品開発、観光地の活性化支援など意欲的に取り組んでいます。学生の皆さんが今後社会人として自分の道を切り拓いていく礎として、私なりの知識や経験をお伝えできればと思っています。

■略歴
明治大学商学部卒、外食産業ロイヤル株式会社入社レストラン・チェーン店長、旅館・ホテル・外食業界のコンサルタント会社主任研究員、株式会社チョイスホテルズジャパン取締役等24年の実業経験を経て、産業能率大学総合研究所入職。研究所では主にマーケティング、マネジメント領域を中心に企業における教育研修、コンサルティング、調査受託に従事し、産業能率大学 経営学部教授。
産学連携プロジェクトの立ち上げ
私は、実業→コンサルタント→実業と自身のフィールドを移してきました。その中で、自身の興味・関心を実際に具現化し、絶えずマーケティングの第一線でお客様にソリューションを提供し続けてきました。その経験を普段の授業や専門ゼミ活動のテーマに繋げています。
2020年後学期より専門ゼミを立ち上げる際には、通常の学生生活だけでは得ることができない体験をしてもらいたいと思い、自身のフィールド同様にマーケティングの現場で、商品の調査、分析、企画、開発、販売までの一連のプロセスを体感できるような産学連携プロジェクトを実施することにしました。
「天丼てんや」との産学連携プロジェクトのスタート
ここからは、2021年後学期に実施した「天丼てんや」との産学連携プロジェクトについて紹介します。当ゼミでは、2年次後学期に産学連携プロジェクトを実施しています。私の出身母体でもあるロイヤルホールディングス株式会社にご協力いただき、学生たちが「天丼てんや」の新商品開発を行い、実際に店舗の商品として作り上げ、2022年7月より期間限定で、全国全店(一部地域を除く)での発売にこぎ着けました。
このプロジェクトの過程は大変楽しくおもしろい活動であったと思いますが、同時に産みの苦しみも味わってもらいました。その“おもしろくもつらい”経験が、彼・彼女ら学生を大変成長させてくれたと感じました。
では、プロセスをフェーズに分けて説明いたします。

●第1フェーズ: 3C分析およびクロスSWOT分析により「天丼てんや」の顧客、競合を考える
プロジェクト第1回授業は、プロジェクトのキックオフです。そのためにまずは、天丼てんや事業部長に来校いただき、「天丼てんや」の歴史、コンセプト、本プロジェクトのゴールイメージを、テレビでの取材ビデオをもとにご説明いただきました。この説明に関しては学生からも積極的な質問がありました(図1)。
2回目以降の授業では4グループに分かれ、当ゼミのテーマである「マーケティング創造ゼミ」をもとに、3C分析、クロスSWOT分析を行い、「天丼てんや」の想定する競合に対する強み、弱み、対象顧客に対するニーズ仮説の抽出を行い、第2フェーズへの橋渡しを行いました。

●第2フェーズ: ジョブ理論による顧客のニーズ分析
ジョブ理論は、経営学において「破壊的イノベーション」という金字塔とも言える概念を生み出したクレイトン・M・クリステンセンらによって発表された理論です。従来のマーケティングの手法では、3C分析やクロスSWOT分析によって顧客のニーズを特定していましたが、それだけではなぜその商品を購入するのか、消費者心理までは明らかにできませんでした。
ジョブ理論では、「ある特定の状況で顧客がなし遂げたい進歩」をジョブの定義とします。そして、「顧客」の「特定の状況」と「成し遂げたい進歩」を観察や分析を通じて整理していく過程で見つけることができます。そして、それぞれの分析結果からジョブを「(①特定の状況)で(②顧客)は(③成し遂げたい進歩)ということを解決したい」のように短い文章で定義することで顧客の真のニーズを特定し、商品開発に繋げていきます。
下記が実際に学生が作成した「天丼てんや」のジョブの定義です(図2)。
▲図1 プロジェクト第1回授業の様子
▲図2 ジョブ理論による顧客ニーズ分析
●第3フェーズ: 提案商品の作成、Z世代のプロモーション手法
これまでのフェーズで、「天丼てんや」の顧客ターゲットとニーズおよび競合に対する自社の強み・弱みを把握しています。そこからマーケティングの4P(プロダクト、プライス、プレース、プロモーション)のフレームで提案ストーリーの完成に向かわせました。当産学連携プロジェクトでは学生ならではの視点で、特にプロモーションに力を入れさせました。商品の調理過程を撮影し、その様子を軽快な音楽と共にTikTokに投稿し、商品への興味を沸き立たせました。また商品を大々的に取り上げず、断片的な情報だけを公開し、消費者の興味を引くことを意図したティーザー広告の手法も活用しました。企業サイドからは、Z世代ならではのプロモーション手法を高く評価をいただけました(図3)。
▲図3 ティーザー広告の案
●最終フェーズ: 役員プレゼン~商品販売
役員プレゼンに向けて、学生たちは各班毎にZOOMを活用するなどして自主的にプレゼン内容のブラッシュアップを繰り返し、全員で発表の練習を深夜までほぼ毎日行いました。
そして産学連携プロジェクトの役員プレゼンが2021年12月22日に行われ、ロイヤルフードサービス株式会社の役員の皆様に、本学教室から各班オンラインで商品提案のプレゼンを行いました(図4)。プレゼンの結果、社長からは「どの班も学生のみなさんならではの大変すばらしい発表となり、私たちも多くの気づきを得ることができました」との有り難いお言葉をいただき、最優秀賞「ころも‘s 班」の提案は、特に商品コンセプトやプロモーション内容を評価され、その後てんや商品企画チームにブラッシュアップしていただき、2022年7月4日から全国販売(一部地域除く) が行われました(図5)。
▲図4 プロジェクトにおける役員プレゼンの様子
▲図5 天丼てんやでの広告
●学生の気づき
ゼミ学生全員のアンケートから、次の7項目が産学連携プロジェクトでの成長として挙げられました。とりわけ「協働力」「モノを作り出す楽しさ」「根気強さ」については通常授業だけではなかなか得がたい力で、これらが専門ゼミにおける産学連携の大きな成果であると感じました(図6)。
▲図6 プロジェクトでの成長
プロジェクトを通じたまとめ
まとめとして、産学連携プロジェクトでは以下の二つのことが重要と感じています。

①マーケティングのプロセスに基づき、イチから商品開発の流れを学び、実企業の幹部や商品開発の担当者からコンセプトの説明やプレゼンのフィードバックを受けることができること。役員へのプレゼン後、上記担当者と一緒に商品内容のブラッシュアップやプロモーション内容を考えることができ、最終的には店頭に並ぶまでの一連のプロセスを体験できること。

②副次的な大きな成果としては、同様に別の産学連携プロジェクトを体験した4年生が、就職活動時に学生時代に力を入れたこととして、その経験を記載し、自分事として語れたことが挙げられます。彼・彼女らは2年次後期の専門ゼミスタート時がまさにコロナ渦の元年であり、課外活動が大きく制限された中の活動ではありましたが、店頭販売までのプロセスを「天丼てんや」プロジェクトと同様に行うことができました。

このように、産学連携プロジェクトは、企業側は学生の生の意見を聞くことができ、学生側は実企業の担当者と商品開発のプロセスを経験でき、Win-Winの関係が構築できます。今後もこの活動を教員としてサポートしていきたいと考えます。