高校の先生向け 進路コラム 第1回 <2023年度連載>

第1回 探究学習は「探究型入試」の役に立つのか

【探究型入試にも、様々なタイプが】

 2022年度より本格スタートした探究学習。「総合的な探究の時間」を中心に、他教科の授業でも様々な工夫をされているという声を先生方から伺っています。一方、大学の側でも「探究型入試」と呼ばれる入学者選抜が広がり始めています。高校の進路指導や受験指導に、探究学習はどのように関わってくるのでしょうか。

 探究型入試として紹介される取組は、大きく二種類に分けられます。

 そのひとつは、高校3年間における探究学習での活動成果を直接的に評価し、合否判定に使用するもの。工学院大学の「探究成果活用型選抜」や桜美林大学の「探究入試 Spiral」などがこれに該当します。高校の探究活動でまとめた論文や発表資料などを大学へ提出。その活動に関するプレゼンテーションや面接(口頭試問を含む)なども行います。大会などでの受賞歴がなければ受からない、というものではありません。プロセスで得た気づきなども含めて総合的に評価されます。

 もうひとつが、探究学習を通じて身につけた力を間接的に評価しようとする入試。お茶の水女子大学「新フンボルト入試」や産業能率大学「未来構想入試」などがこの例です。決まった正解が存在しない「深い」問いに対し、様々なデータや資料を活用しながらレポートなどを作成。採点者を納得させるためには、創造的かつ論理的な回答を作成する必要があります。課題設定、情報収集、整理・分析、まとめ・表現という探究学習の過程で培った力が、結果的に活かされる入試というわけです。

 名称に「探究」の文字が入っていなくても、実は探究学習の経験が評価される入試だという例は少なくありません。産業能率大学などは、この未来構想入試を一般選抜に位置づけているほどです。「主体性の評価=面接」と思われがちですが、一般選抜に向けて勉強している受験生が、多面的に培ってきた能力を入試で活かせるような機会が増えているのは良いことだと私は思います。

 私が見る限り、各大学は探究型入試での進学者に、エース学生としての期待をかけています。課題解決型の授業などで周囲の学生を牽引し、刺激を与えてくれる存在を獲得するのがこうした入試の狙い。「探究学習にイキイキ取り組んでいるな」と先生が思う生徒さんには、ぜひ選択肢の一つとして、勧めていただければと思います。

【もし「入試に有利なテーマで探究したい」と生徒に言われたら?】

 ところで先生方は、もし生徒から「入試に有利なテーマで探究学習したい。どんなテーマがお得ですか」なんて質問をされたら、どう対応されますか?

 探究に慣れる最初のステップで「まず練習として、こんなテーマに取り組んでみたら」と教員がガイドをすることはあるでしょう。でも、入試に有利なテーマを例示するとなると、少々趣旨が変わってきますね。あまりお勧めできません。

 課題設定は探究学習のキモです。テーマの選択や問いの立て方には、その生徒の興味関心や主体性の姿が反映されます。大学も探究型入試を通じて、そうした点を確認しようとしているわけです。ここを他者に依存しては、望ましい評価は行われません。面接や口頭試問で「本人の探究心で始まった取組ではないな」と大学側も気づきます。

 生徒達の活動に、教員がアドバイスやフィードバックを行うことは大事。でも入試のためだからと、成果物に対して大人が過度に手を入れるのはやはり好ましくありません。立てた問いをどのように検証し、その結果をどう表現しているかといった点からは、大学で行う研究活動への適性が読み取れます。「研究者の資質がある」と大学が判断して入学させたのに、実は大人が主導した発表だったとなれば、進学後に本人が困ることにもなりかねません。「受かるための探究指導」が過ぎてしまうと、ミスマッチの要因になります。

 探究学習は、あくまでも本人が主体的に進める取組です。探究学習に本気で打ち込んだ生徒さんの中から「探究型入試に挑戦してみよう」という方が現れたなら、その主体性を奪わない範囲でぜひ応援してあげてください。

【たとえ探究型入試を使わなくても、探究学習は大学進学の役に立つ!】

 それに探究学習は、上述したような入試にしか役立たないというわけでもありません。

 職業教育の場である専門学校と異なり、大学は学術研究機関です。就きたい仕事がある、好きな分野があるといった志望動機ももちろん悪くないのですが、「取り組んでみたい研究テーマがある」「解決したい社会課題がある」なんて方は、より早くから大学らしい学びに打ち込めるはず。高校でしっかり探究学習に取り組むことで、大学進学への姿勢も違ってくるのではないでしょうか。

 探究学習は、進学先選びにも影響を与えます。「自然環境保護は理系の領域だと思っていたけれど、実は経済学や政治学の役割も非常に大きいことに気づいた」「開発途上国の児童労働について調べる中で、社会起業家の活動を知り、経営学に興味がわいた」……など、意外な学問が様々な社会課題の解決に繋がることに気づいたというケースは多々あります。3年生になってもやりたいことが見つからず、志望学部が定まらないと悩む高校生も少なくないのですが、探究学習は大学で学びたいことに出会う機会にもなります。

 探究学習はまだ始まったばかり。「探究は入試に役立たないから、ほどほどで切り上げて、早く一般選抜の準備に集中させた方が生徒のためになるのでは……」と迷う先生も、いらっしゃるかと思います。でも本稿でご紹介した通り、探究学習の経験はすべての大学進学者に良い影響を与えてくれるもの。ぜひ、全力の取組を支えてあげてください。


(参考)
■「探究成果活用型選抜」(工学院大学)
■「探究入試 Spiral」(桜美林大学)
■「総合型選抜:新フンボルト入試」(お茶の水女子大学)
■「一般選抜 未来構想方式」(産業能率大学) 
倉部 史記
「高大共創」のアプローチで高校生の進路開発などに取り組む。日本大学理工学部建築学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。私立大学専任職員、予備校の総合研究所主任研究員などを経て独立。進路選びではなく進路づくり、入試広報ではなく高大接続が重要という観点から様々な団体やメディアと連携し、企画・情報発信を行う。全国の高校や進路指導協議会等で、進路に関する講演も多数努める。著書に『看板学部と看板倒れ学部 大学教育は玉石混合』(中公新書ラクレ)『文学部がなくなる日 誰も書かなかった大学の「いま」』(主婦の友新書)など。
(ウェブサイト)https://kurabeshiki.com/