北京オリンピック 日本代表選手の好感度分析

調査レポート
北京オリンピック 日本代表選手の好感度分析
『「感動度」金は北島、「びっくり度」は上野、「ブレイク度」は太田(産業能率大学調べ)』
—— 北京オリンピックが閉幕して1 ヵ月が過ぎた2008 年9 月、このような見出しが各スポーツ誌面に載った。本稿では、新聞記事の基になった調査の概要を述べた上で、より詳細な解析結果を報告し、得られた結果に対して、選手マネジメントの観点から考察を加える。
「期待」と「満足」の世論比較

本研究は、シンプルな消費者行動研究モデルに基づいている。それは、消費者が購入前にどのくらいその商品に対して”期待”し、購入後にどのくらい”満足”したかを比較するモデルである。このモデルを用いれば、俗にいう「思ったより良かった」や「期待していたのにガッカリ」などが明らかになる。このモデルにおける商品を「スポーツ選手」に、購入者を「観戦者」に置き換えることで、スポーツ大会を通した、選手の好感度分析にも応用できると考え、調査を実施したのである。調査媒体としてはインターネットを利用し、大会前・大会後それぞれ1,000 人ずつの、計2,000人に対して調査を実施した。20 代から60 代までを5 つの世代に分け、それぞれを男女別にすると10 の層ができる。各回1,000 人であるのは、それらの10 層からそれぞれ100 人ずつ抽出したためである。
冒頭リード文中の「感動度」とは、大会後における世論的な満足度の総和を意味し、「びっくり度」は大会前の期待度と大会後の満足度との差分の大きさを示している。本調査では日本代表選手339人全員(男子370 名・女子369 名)を調査票に盛り込んでいるため、相対的な順位変動も把握できた。その順位上昇分が「ブレイク度」の定義である。
脳科学を応用した好感度分析

異なる分野で開発されたアルゴリズムを他分野に応用し、これまでにない成果を生み出す横断的研究が昨今盛んに行われている。右図はサーモグラフィー(体温表示)のように映るが、それもそのはず、脳科学における解析技法(Self -Organizing Maps )を、この世論調査データにおける選手分類に応用した結果だからである。上記「期待度」と「満足度」、2 つの成分だけでは評価の多様性を十分に吸収しきれないため、実際には大会前に「認知度」(その選手が事前にどのくらい知られていたか)を、大会後に「視聴度」(その選手のテレビ中継がどのくらい見られたか)をも調査している。
これら4 つの入力成分の構成比の違いによって選手をタイプ分けすると、例えば大会前後を通じて好感度の合計が大きい22 名の著名選手は、上の図にあるような12 のタイプに分類される。成分によって配色が異なるが、選手の座標はすべて同一である。各成分の図は、暖色( 赤) 系ほど数値が高く、寒色( 青) 系ほど度数が低いことを示している。
この図に示された22 選手だけではなく、日本代表の全選手についても解析した。そして、その結果をわかりやすく6 つの類型に統合し、4 成分の合計値の降順においてそれぞれ最大20 人まで掲載した表が表1 である。以下、各類型に関する考察を述べる。
<評価類型1>【期待過剰型】
期待度は非常に高かったが、満足度は低く、その差が激しい選手が分類されるのが類型1 である。期待度の大きさに連動して視聴度も高くなるのも特徴である。この類型には表外も含めて全員で49 選手が該当し、普段からメディア露出が多い野球から19 選手、続いてバレーボールから13 選手が入っている。個人種目としては、前回アテネ大会の金メダリスト(室伏広治選手、柴田亜衣選手、鈴木桂治選手など)が含まれることから”ディフェンディング・チャンピオン”への期待は否が応にも高まらざるを得ず、結果が伴わなかった際の落胆も一際大きいことが推察される。

<評価類型2>【期待先行型】
類型2 は、類型1 よりも満足度が若干高い選手が分類される。類型1と比べて期待度や視聴度が低い理由は、大会前のコンディション不良や、中継機会の少なさなどによると思われる。類型2 は、類型内の全該当選手47 人中最大の比率を占める男子サッカー(15 名)と、代表選手3 人が全員含まれる男子マラソンによって特徴づけられる。しかも彼らが上位10 件に入ってこない点も重要である。かつて両種目には、中田英寿選手や瀬古利彦選手などの”スター選手”が存在した。彼らに匹敵する若手有望株を育成できるかが、当該種目のマネジメント的課題といえる。
<評価類型3>【予定調和型】
類型2 よりも明示的に高い満足度の選手が分類されるのが類型3 である。これは結果が予想の範囲内だったという世論的評価であろう。この類型の特異性は、男子選手4 人に対して女子選手10 人が該当する点にある。しかも、出産経験者・アイドル的人気・父親が元メダリストといった、スポーツジェンダー研究において従来から主要テーマとなってきた属性を有する選手が多い。女子選手に対しては、男子選手とは異なる評価軸が存在する可能性を示唆する興味深い結果である。

<評価類型4>【高期待高満足型】
類型4 は、認知・期待・視聴・満足がすべて揃って高いために、それらの構成比がほとんど等しくなる選手が分類される。全員が前回アテネ大会の代表選手でもあり、2 種目金メダルの北島康介選手を筆頭に、同じ競泳の中村礼子選手、そして女子レスリングの4 人の選手は、全員が前回大会と同じ色のメダルを同数獲得している。陸上の2 選手は、男子4 × 100m リレーの銅メダルがオリンピック初のメダル獲得ではあるが、経験豊富な著名選手である点が共通している。類型1 ~ 3 の有名選手も、金メダル獲得ならばこの類型に分類された可能性が高く、これまでの実績が十分な選手たちの選手マネジメントにおける到達目標が、この類型4 といえよう。

<評価類型5>【視聴後満足型】
類型5 は、期待度を満足度が上回った選手が該当する。テレビ観戦者が、視聴して良かったと評価した選手たちである。しかし、谷本歩実選手、冨田洋之選手、塚田真希選手は、前回アテネ大会の金メダリストである。そうであるにも関わらず、認知度や期待度が類型4 ほどは高くなかった。この点は、選手マネジメント上の重要な課題を提示している。それは、オリンピックでいかに輝かしい成績を残したとしても、注目度が長続きするとは限らないことへの警鐘である。類型1・2 と比較すれば、確かに落胆のリスクは少ないものの、常時の広告(タレント)価値は下がるのである。アマチュア精神と商業主義がせめぎ合うオリンピックにとって、当該問題は今後さらに大きな争点の一つとなるに違いない。

<評価類型6>【視聴後感動型】
類型6 は、北京オリンピックでの活躍により、多くの人々に視聴され、好成績によって高い満足度を獲得した選手が該当する。この類型には全員で74 選手が含まれるが、金メダリスト18 名、銀メダリスト6 名、銅メダリスト10 名であり、5 位までの入賞選手が全体の93.2%を占める。このことから、スポーツ選手の好感度と成績とは、高い正の相関関係にあることは間違いない。現在ではにわかに信じがたいことだが、彼らの多くが大会前、一般的にはほとんど名前すら知られていなかったわけである。これほどまでの爆発的な”普及”は、他分野でもなかなか類を見ない。選手マネジメントのみならず、誘致合戦なども含めた、ビジネスチャンスとしてのオリンピックの影響力の強大さを示す、一つの重要な事例という見方もできよう。
観戦嗜好別マネジメントの必要性
趣味嗜好が多様化している現代では、上述のようなマス・マーケティング的な視点だけではなく、市場細分化を踏まえた視点が不可欠となってくる。この問題意識から、当該調査では回答者側のスポーツに関するライフスタイルについても調査を実施している。予備解析の時点でまず明らかとなったのは、男女間における決定的な差異であった。当該調査項目は全部で70 項目あるが、そのうち60 もの項目において有意水準10%に該当する結果が示されたからである。したがってスポーツ嗜好には明確に性差があり、性別でデータを分けることが妥当と考えられた。男女それぞれにおいて因子分析を進め、主要15 項目に絞った解析結果が、表2 および表3 である。

男性のスポーツ観戦嗜好における
「知識獲得」と「感情移入」の対立男性では第3 因子として抽出される「自身運動」という点を除き、スポーツ観戦項目に注視すると、第1因子「知識獲得」と第2 因子「感情移入」との間の対立構造が現れる。対立軸を成す2 因子のどちらか一方だけに強く反応する回答者を抽出して相対比較を行ったところ、知識獲得型男性は一般的には認知度が低い選手についてもよく知っている半面、全般的に満足度評価が辛口である。また感情移入型男性では、女子の有名選手に対する期待度が大きく、結果が伴わずとも大きく落胆しないという傾向が見られた。
女性のスポーツ観戦嗜好における「報道的視聴」と「娯楽的視聴」の対立 他方女性では、第1 因子として抽出されるスポーツ中継全般に対する肯定的因子を除くと、第2 因子「報道的視聴」と第3因子「娯楽的視聴」との対立構造が浮かび上がる。男性同様に相対比較を行うと、報道的視聴型女性は知識獲得型男性と類似する部分もあるが、当該男性よりも柔軟に視聴対象をスイッチできるという点が明らかになった。また娯楽的視聴型女性は、バラエティ番組に出演経験のある選手に対する認知度・期待度が高く、競技種目としては、バレーボールやビーチバレーに関して視聴度が高いことなどが確認された。以上の分析により、オリンピックを機にスポーツ選手への好感度が変化すること、また観戦者の嗜好の違いにより差異が生まれる事実が実証された。ただしこの結果は2008 年8 月に開催された北京オリンピックに限定されるものである。成果の一般性を高め、モデルをより精緻化していくためにも、2010 年冬季バンクーバー大会、2012 年夏季ロンドン大会へと続く今後のオリンピック大会においても、同様の調査および分析を実施し、事例蓄積に努めていかなくてはならないと考えている。