東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーと地域活性化への取り組み

経営学部 兼任教員 鈴木 秀紀
担当科目「国際情勢の理解」「グローバルスタディーズ入門」「グローバルビジネスプロジェクト」

シカゴ大学MBA、早稲田大学大学院国際情報通信学修士、名古屋大学未来社会創造機構客員准教授、津田塾大学総合政策学部講師。都市銀行、PWCコンサルティング、電通、電子モバイルチケット会社代表取締役を経て、東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会にてチケッティング・CRM等を統括、2021年より産業能率大学兼任教員。

御殿場市『空手道Mt. Fuji Jr. Championship in 御殿場』ブランディング・マーケティングアドバイザー
X-Tech NUMAZU(沼津市産学官連携DXプロジェクト)サポーター
日本電動車椅子サッカー協会 事業アドバイザー 顧問
APEC Sports Policy Network(APEC公認 台湾政府産学官連携国際プロジェクト)アドバイザー
1.空手のまちづくり
 オリンピックイヤーの今年、パリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会が開催され、多くの日本代表選手の活躍とパリの街や会場の熱気がメディアを通じて伝えられたことは記憶に新しいところです。前回の東京2020大会は、新型コロナウイルス感染症のため大会が1年延期となった上、多くの会場が無観客となり、残念ながら自国開催のメリットを国民の多くは享受できませんでした。そのような中、静岡県は数少ない有観客で実施できた会場所在県であり、御殿場市では自転車競技ロードレースの公道での開催会場において、沿道で多くの市民が大会を応援しました。また同市は、東京2020大会のホストタウンとして空手イタリア代表チームの事前合宿等で同チームのメダル獲得をサポートしました。御殿場市には、御殿場西高校という空手の強豪校があり、東京2020オリンピック空手日本代表の佐合尚人選手も同校の出身です。
 東京2020大会後、御殿場市では大会のレガシーとして『空手のまちづくり』を推進していて、その一環として2022年12月より毎年『空手道 Mt. Fuji Junior Championship in GOTEMBA』(KMFC)という空手の高校年代トップレベルの大会を開催しています。御殿場市が推進する東京2020大会のレガシーとして空手を活かし、空手文化の創造、スポーツ交流人口の拡大等によるまちづくりを掲げた取り組みは、スポーツ庁からも高く評価されており、同庁の「スポーツ・健康まちづくり優良自治体表彰制度」に基づく「スポまち!長官表彰2022」において、同市は優良自治体に選定されました。
2.KMFC大会の発展
 KMFC大会は「空手のまちづくりの象徴となる空手大会」として創設され、以下のコンセプトを掲げています。

 ①世界での活躍を目指す高校生のステップアップとなる大会(高校年代日本代表クラスの選手が出場)
 ②空手や武道の魅力を空手発祥国日本の高校生を通じ国内外に発信する大会(「魅せる空手」を意識した演出、生解説入りYouTube動画配信により空手の魅力を国内外に発信)
 ③東京2020大会のレガシー大会として空手競技の普及に寄与し、オリンピックでの空手競技採用に向けた機運醸成を兼ねる大会(世界空手連盟、全日本空手道連盟、静岡県空手道連盟が大会を後援)

 2023年12月の第二回KMFCでは、イタリアから欧州高校年代トップレベルの選手たちを東京2020大会のイタリア代表オリンピアンがコーチとして率いて参加し、日本から参加した高校生たちとの交流を深めました。
 筆者は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会において、チケッティング、CRM、ホスピタリティ・プログラム、学校連携観戦プロジェクト等を統括した経験を活かして、昨年秋よりスポーツタウン御殿場推進協議会からの委託によりKMFCブランディング・マーケティング アドバイザーを務めています。本年、2024年12月に開催される第三回KMFCに向けて「空手のまちづくり」を念頭に大会のさらなる発展を目指し、これまで以上に市民の参加や関係地域との交流を意識した施策等について同市のスポーツ交流担当チームと協議しつつ、以下のとおり準備を進めています。

 ①市民参加の促進
  ・市内道場の子どもたちの大会での演武、エスコートキッズ参加
  ・市内小学校の児童による書道作品の展示(空手関連のテーマ)
  ・市内の空手道場の取り組みを紹介
  ・会場観戦者等を対象とする空手体験会の実施

 ②空手発祥の地である沖縄県との連携
  ・沖縄県との連携による空手のルーツおよび沖縄県の魅力を大会当日ブース等で紹介
  ・今年8月に沖縄で開催された「沖縄空手少年少女世界大会」において御殿場市のブースを設置し、同市ならびにKMFC大会を紹介

 ③東海地方の大学医学部との連携
  ・競技者以外の一般市民への空手の動きを活かした運動普及促進を念頭においた企画推進
  ・東海地方の名古屋大学医学部と連携して、空手の動作に伴う筋肉や呼吸の動き等をモニタリングし、選手のパフォーマンスを可視化しつつ心身への効果をリサーチ
  ・KMFC大会当日、子どもたちをはじめ一般の来場者向けに空手の体験トライアルを実施
 地方自治体におけるスポーツを活用した関係人口拡大等による地域活性化の取り組みにおいて留意すべき事項として、地域外からスポーツを楽しみにやって来る人々にとっての当該スポーツの認知に対して、地元の住民がそのスポーツにあまり馴染んでいないといった事象が生じないようにするということがあります。このような観点からも、広く市民が何らかの形で参加できるような施策を考えて実施していくことが大切です。
 今後は、地元の関係施設、団体・企業との連携促進や、スポーツ庁も後押しする「武道ツーリズム」について、御殿場市内にあって日本の歴史公園100選に選ばれた「秩父宮記念公園」をはじめ地域の資産との連携も視野に、「空手のまちづくり」を通じた地域の一層の活性化に取り組んでいきます。
3.フェンシング・シティの取り組み
 静岡県沼津市は、東京2020大会におけるフェンシング代表チームの事前合宿誘致活動をきっかけに、「フェンシング地方拠点構想」を持つ日本フェンシング協会と協力してフェンシングを通じたまちづくりを推進すべく、2019年、同協会との間で包括連携協定を締結しました。沼津市は、東京2020大会でフェンシング日本代表チームの事前合宿を受け入れ、またホストタウンとしてフェンシング・カナダ代表チームも受け入れて事前合宿等をサポートしました。さらに同市は「フェンシングのまちNUMAZU(Fencing City NUMAZU)」を掲げて、パリ2024オリンピックのフェンシング日本代表チームの事前合宿も受け入れ、パリ大会における日本代表選手の飛躍的な活躍、メダル獲得をサポートしました。
 沼津市におけるフェンシングの歴史は、昭和32年の第12回国民体育大会のフェンシング競技会場が沼津西高校に決まり、それをきっかけに市内の高校で部活動が創設されたことから始まりました。現在、沼津市内では、沼津駅前のビル内にフェンシングの専用練習施設が整備されたほか、市内の子どもたちをはじめ幅広い年齢層に向けたスクールやクラブが運営されています。9月中旬には、沼津市総合体育館において「全日本フェンシング選手権大会」が開催され、パリ2024オリンピックのメダリストたちも参戦して熱戦が繰り広げられました。多くの市民がオリンピアンをはじめトップアスリートの技を観戦、また大会後にはパリ五輪のメダリストが子どもたちに囲まれて笑顔で記念撮影に応じていました。
 沼津市においては、フェンシングの一層の普及による市民のスポーツ実施の促進、国内外からの合宿受け入れや大会招致等による関係人口の創出、それらを通じた地域の活性化が期待されています。今後は、海外とのスポーツ交流の促進やスポーツ関連テクノロジーを活かした各種取り組みの面等から、一層の発展に向けて支援していければと考えます。
4.環境への取り組みの期待
 沼津市内には、明治26年に造営されて、大正天皇が静養され昭和天皇が幼少期を過ごされる等、歴史的・文化的価値があり、「旧沼津御用邸苑地」として国の名勝指定を受けている「沼津御用邸記念公園」があります。旧御用邸は富士山を望む駿河湾に面していて、隣接して学習院の水泳場があり、夏期には同校の小学生たちが海で泳ぎを学ぶほか、明治時代には周辺に大山巌や西郷従道、川村純義、井上馨、岩崎弥之助らの別荘が建ち並んでいました。
 旧御用邸前に広がる駿河湾の海浜にある島郷海水浴場は、国内759か所の海水浴場のうち水質で全国1位を獲得した8か所の海水浴場の一つとされていて、その海の水質は国内最高位です。しかしながら、地形と海流の関係で同海浜には流木やプラスチックごみ等が流れ着いてしまうため、地域のボランティアの方々が毎週のように海浜清掃を行っても、台風や荒天によってすぐにまたそれらが漂着してしまうという問題があります。
 2024年度前学期に開講した「グローバルスタディーズ入門」では、グローバルな視点から取り組むべきテーマの一つとして「環境・SDGs」を取り上げました。グループ・スタディにおいて国内外の海洋・海浜の環境保護施策の事例等をリサーチし、それらをベースとして沼津御用邸前の海と海浜の環境を守るための施策をグループで検討・策定の上、授業内で環境保護の国際会議を想定した提案プレゼンテーションを実施しました。授業内での各グループによる提案は、当該地域の自治体にも共有して今後の施策検討の参考としていただきます。そして、地域のスポーツや健康促進・教育・環境等への取り組みも含む実際の施策を通じた地域の魅力向上と関係・定住人口の流入促進等について、今後とも関係者と意見・情報交換を行っていきます。
 筆者は、沼津市が産学官連携により推進するDXプロジェクト「X-Tech NUMAZU」のサポーターに就任しており、スポーツの普及促進や環境保護への取り組みにおいても、国内外の「Sports Technology」をはじめ関連テクノロジーを活用した施策等のスタディを進めるとともに、産学官連携の新たな機会についても検討していきたいと考えます。