研究員コラムー地域創生と自治体職員の政策形成力ー

はじめに
コロナ禍は地域住民の生活と地域の経済活動に深刻な影響を与え、自治体は多くの課題に直面している。こうしたなか地域創生を目指すために求められているものは職員の政策形成力であろう。産業能率大学総合研究所は全国の自治体でさまざまな職員研修を行っているが、ここでは若手職員を対象とした政策形成研修を紹介したい。
研修対象者と研修期間
参加者はその多くが入職4~10年の若手職員である。これは現場感覚を持ち柔軟な思考と旺盛な知的好奇心を持つ若手職員に、早くから政策形成の基本を習得させるという人材育成計画によるものである。

研修期間は自治体によりさまざまである。1日~2日間の集合研修が多いが、研修→自主活動→発表会というワークショップ型もある。このワークショップに現地視察を組み込むものもある。余談となるが、現地視察の選定・依頼は苦労をするが、現場に行き担当者の話を聞くと地域創生について大きな学びを得ることができた。三重県伊賀市の「いがぶら」、福井県坂井市のシティプロモーション、東京都台東区のデザイナーズビレッジ等、いまでも印象に残る視察先である。
研修の構成と内容
研修は基本的に「政策形成の基礎知識(講義)、政策形成演習、政策案プレゼンテーション」となっている。
(1)政策形成の基礎知識
基本講義であり、ここでは政策形成を学ぶ意義・政策の定義と構造・政策形成の手順を学ぶ。受講者のなかには「政策形成は自分には関係ないのでは?」「政策づくりは部長や課長が行う仕事ではないか」 という考えを持っている者もいる。この疑問に対しては「政策形成では行政現場において『これでいいのか』と感じることがとても大切であり、だからこそ現場を知る若手に地域課題を見つけ新しい政策を作ることが求められている」と伝え政策形成を学ぶ意義を理解してもらっている。
政策形成の手順はさまざまな考え方があるが、研修では次の7ステップを伝えている。(【図1】政策形成の手順 参照)
それぞれのステップでどのようなことを行うかを講師が説明し、これに基づいて参加者は演習として政策づくりに取り組んでいく。

演習で取り組む政策課題だが①所与のケース課題②持ち寄り課題の2種類がある。
①所与のケース課題
ここでは事例『中心市街地の魅力化・活性化』を活用している。これは正に地域創生をテーマとしたもので、架空の自治体:山王市(さんのうし)の空洞化が進む商店街の活性化施策をグループ考えるものである。人口推移、歳出状況、住民・商店店主等のアンケート等の定量・定性のデータをまとめた資料を事前に渡し、そして市長から「魅力ある元気な商店街をつくるための政策案を提案してほしい」という指示が来る。これにより参加者は市長へのプレゼンテーションをゴールとして施策案をつくる。
②持ち寄り課題
これは、参加者それぞれが自分の所管業務で問題意識をもつ課題を事前に考え持ち寄るものである。研修参加者が40人いれば40の地域課題が持ち込まれるので、この発表は壮観である。ここで参加者はいま自分たちの地域でどのようなことが問題としてあるのかを俯瞰してとらえることができる。そして各グループでどのメンバーの課題に取り組むかを決めて演習に入っていく。
【図1】政策形成の手順
(2)政策形成演習
演習に入ると研修室は騒々しくなる。ホワイトボードや模造紙、付箋紙などを活用して、各グループは自分たちが選んだ課題を解決する案を真剣に議論する。「ありたい姿は?」「目指すべきゴールは?」「現状の数値はどうなっている」「目標と現状のギャップはどのくらいあるか」「その中で解決すべき課題は何か」と受講者は由な発想でワイワイガヤガヤと意見を交換し、政策を検討していく。講師も「問題の本質をとらえる課題は何?」「KKO(勘と経験と思い込み)ではなく、ロジカルに考えよう」「前例や既存の枠組みに捉われずに自由に発想しよう」と語りかけていく。グループで複数の施策案を創り出し、それを事前評価して提案する施策を決定する。

(3)政策案プレゼンテーション
政策案発表は「市長へのプレゼンテーション」という形式をとる。市長席を設け、そこに参加者のひとりが市長役として座る。各グループは、市長という意思決定者に向けてプレゼンテーションを行う。市長役と参加者全員がプレゼンテーションを論理性・実現性・効果性・創造性・情動性等の評価項目で評価する。この評価は集計され順位が発表される。この評価により、自分たちの政策案の強み・弱みを知り、そしてそれを作り上げるプロセスを改めて振り返るのである。
期待したい若手職員の能力
若手職員の政策形成研修に立ち会うことは毎回楽しみである。そこには地域を良くしたいという若手職員の情熱と意欲を感じるからである。これまでの経験から、地域創生を担う若手職員には3つの能力が求められていると考えている。

(1)論理的に考えること
問題事象のなかから真の課題を見つけ出すためには、その問題を構造化してとらえることが必要となる。また、施策案を提案するときにも提案理由とデータ・根拠を提示して説得力がでてくる。こうした論理的に考えられることが求められている。

(2)創造的に考えること
演習では「既存の概念や前例にとらわれず自由な発想を」と強調しているが、なかなかアイデアが出ないで苦慮しているグループも多い。創造とは異質なものを組み合わせて新しい働きを作ることであり、そのためには情報感度の良いアンテナを持つとともに、ブレーンストーミング等のアイデア発想技法を学ぶことが求められている。

(3)わかりやすいプレゼンテーション
どんなに良い政策でも意思決定者がOKしなければ施策は実現しない。そのためには限られた時間でわかりやすく説得力をもって伝えることが必要となる。提案内容が論理的であり、適切なデータの提示があり、そして熱意がある。こうしたプレゼンテーションができることが求められている。
まとめとして
多くの自治体では人材育成基本方針を策定し、長期的・総合的に職員の能力開発を推進している。その人材育成のスタートは入職時となるが、地域創生は喫緊の課題でもあることから、こうした能力の習得のために、自治体の人材育成と大学教育の連携・接続に期待したい。
地域創生・産学連携研究所 研究員 杉本 孝一郎
産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 講師管理課

化粧品会社勤務を経て、1988年産業能率大学入職。
総合研究所で社会人研修の企画立案および運営支援を担当。
自治体研修においては、政策形成、地域活性、地域協働等の研修企画・教材作成等に携わってきた。

■委員歴
埼玉県 女性のための支援策検討委員会 委員(1996年)
埼玉県 埼玉県女性センター(仮称)基本計画検討委員会 委員(1998年)
蕨市 蕨市市民参画懇談会 委員(2006年)
蕨市 まち・ひと・しごと創生総合戦略有識者会議委員(2018年)