AIだけでは決められない、
「解のない問い」について
考えることが大事

産業能率大学 学長

浦野 哲夫

  • 実践的に学び、コラボ力を身につける
  • 周りの環境や自分の役割に応じて動くことが大事
  • 解のない問題に対応できるよう、考える力を持つ

実践的に学び、コラボ力を身につける

産能大が大事にしているのは、実践的な学習とチームとしてのコラボ力。グローバルな視点とAIとの付き合い方も併せて学び、世界に羽ばたいてほしい。

少子高齢化が進む日本で、2025年に持つべき社会的な問題意識はどんなことだと思いますか?

私は企業に勤めていたときに25年ほど海外で生活していたこともあり、日本の現状には危機感を持っています。少子高齢化と人口減少に伴い、日本国内の市場はシュリンクし、医療費・保険料などの固定費が上昇して国の運営が難しくなります。その中で経済活動を活発化し“稼ぐ”ことを考えると、グローバル化は課題というよりも必須と言えるでしょう。ここでいうグローバル化は単に輸出や海外進出だけではなく、観光立国としてのインバウンドや人手不足解消のための海外人材の導入などの経済効果も含みます。

日本はどのように海外の人たちと共生してくかも考えなくてはなりません。私がヨーロッパで過ごした1990年代後半のEUでユーロが始まった頃はドイツ・フランス・スペインなど自国の市場が大きい国はあまり他国語を話す努力をしていませんでした。一方でフィンランドなどの市場が小さな国ではヨーロッパ全体を相手にするために積極的に他国語を話していました。今ではどの国でも英語が共通言語化し、英語が話せるというアドバンテージは効かなくなってきました。日本、アジアでも同じことが言えます。国内市場の小さい台湾や韓国などは以前から海外を意識してビジネスをしてきました。

日本のこれからを担う中高校生には、ぜひ英語を共通言語として対観光客やビジネスの世界で対応できるようになってほしいと願い、期待しています。さらにグローバルに見て自分たちはどうあるべきかを真剣に考え、英語を使って伸びてきた国をしっかり見て異文化を理解し感じてほしいと思います。

大学のあり方や学び方は、今後どのようになっていくことが理想だと考えていますか?

本学の建学の精神は、概すれば「世界に羽ばたけ」「実践的であれ」です。実践的な力を伸ばすため「アクティブ ラーニング(※注1)」を導入しており、学友と一緒に学び仕事を成し遂げる経験ができます。またPBL(※注2)は、入学当初から、現実にある課題を与えて取り組んでもらっています。これを4年間続けることで「コラボ力」が身につきます。人間は1人では生きていけないので、チームとしてコラボレーションし、みんなで成し遂げるノウハウ、スキル、意欲を持った人を引き続き育てていきたいと考えています

これからの社会ではAIをどう見るかが鍵になります。情報や知識の量では人間はAIには敵いませんので、丸暗記のような勉強は意味がなくなるでしょう。記憶力のいい人が優秀とされた時代もありますが、情報はインターネットで検索した方が速いので、今後はAIに置き換わっていくでしょう。その分、情報を検索・コントロールする技術を学ぶ必要があります。これからは、人と、機械と、AIと、どのように付き合っていくか、そしてどう成果を出すかが重要になってきます。現在の学生はスマホやインターネットへのリテラシーが高いので、大学ではその能力をどう使い広げていくのかを学んでほしいと思います。

※注1:
学生が受動的に授業を受けるのではなく、グループワークやフィールドワーク、ディベートなどを通して能動的に学ぶことができる学習方法。
※注2:
PBL:課題解決型学習(Project Based Learning)または問題解決学習(Problem Solving Learning)とは、お題(Project)をいただいて、これに関連する事実を分析し、問題を発見、仮説を立てて解決していく能力を身につけていく学習方法。

周りの環境や自分の役割に応じて動くことが大事

新しいことを生み出すためには、日本社会の特徴や自分自身の役割を理解して、どのように動くのが最善かを考えよう。

これから産能大として取り組むビジョンやイノベーションについて教えてください。

日本でのコンピュータにおけるイノベーションというのは、個人的にはある意味であきらめているところがあります。経験上、日本ではアメリカのGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のような会社は出てこないのではないかと思うのです。私が富士通にいたとき、アメリカの元IBMのエンジニアが立ち上げたベンチャー企業であるアムダール社という会社に投資しました(のちに完全子会社化)。この成功体験から富士通にはいろんなベンチャー企業が支援を申し入れにきましたが、なかなかアムダールに続く企業は出ませんでした。その理由のひとつとして、日本では大企業がベンチャー企業の話を聞いて腹落ちすると、自分でやりたがるという傾向があります。先のアムダールは偶然好機が重なり、任せてみようとなりましたが、同じ偶然は残念ながら続きませんでした。これには当時の京都大学の総長も同じことを言っておられました。このような状況を悲観するだけでなく、日本にはこのようなところがあると知っておくことが大事だと思います。

ただ小中高での教育も変わってきているので、これから日本でもGAFAみたいなことをやりたいという人たちが出てくる可能性はあります。その可能性をどう引き出すかが重要で、イノベイティブなことを実現するには、やらせて大きく育てる、また育てることと守ることを両立できなければなりません。大企業は自分たちで0からやるのではなく、ベンチャー企業のアイデアに投資することで時間を買う(速く実現する)ことを見極めないといけません。そのためには新しいアイデアを理解するボトムアップ型の仕組みや、いいアイデアを見分けられる経営層のトップダウンの仕組も必要になるでしょう。エンジニアもジョブセキュリティ(自分の仕事を守ること)ばかりを考えていてはいけません。

今の小中高生には、空飛ぶタクシーのようなイノベーティブなビジョンを描いてほしいですね考えてお金を集めれば、それを実現する技術は必ずあるはずです。日本で叶う場所がなければ、日本を飛び出して海外に行ってもいいんです。ただベンチャーの99%はアイデアが良くても経営面がしっかりしていないと失敗することも頭に入れておきましょう。それに対して、大学では何ができるか。学生には日本の弱点を踏まえて、身の処し方を考えることを学んでもらいたいと考えています。

GAFAのように新しいものを生み出すことは、日本でよくいわれる「空気を読む」コミュニケーションの中からは生まれにくいのではないでしょうか?

空気を読むことがダメなのではなく、99%の人は周りと仲良くできる方がいいと思います。1%、もしくは何万人に1人のエキセントリックな天才がいて、その人をフォローする人、協力する人が必要なのです

本学では、グループワークでリーダー役やフォロワー役などの役割を分担して結果を出し発表することが求められますので、実際に社会に出る前にいろんな役割を体験することができます。今年始まる起業家を育てる講座の募集をかけたところ、予想をはるかに上回る91人から応募があり、起業に興味を持ったり、新しいことを生み出したいという気持ちを持つ学生が多いことを実感しました。

解のない問題に対応できるよう、考える力を持つ

AIにはできない、解のない問題について考えることや他人と議論しコラボすることを通じて、人間だからこその知恵を導き出そう。

新しい視点で新しいビジネスを作り出すには何が必要でしょうか?

日本で新しいビジネスが生まれにくいのは、人と仲良くすることが美徳で、Yesを求められて同調する文化であることが一つの原因だと思います。海外では、自分を出すこと、Noと言うことが基本です。Yesを基本にしていると、なかなかイノベーションは生まれません。ある種の異端児が必要なのです。ただNoというのではなく、大それたことや大きな夢を考えられる力が必要です。そして多くの人にバカにされたとしても、周りの少ない賛同者を集めてマネージメントする力も大事です。日本の多くの大企業のように75%の賛同が得られたからやるのではなく、25%の賛成でやってみようと決断し進められるかどうかだと思います。

2025年に活躍するSANNO生は、どのようなパーソナリティや能力を持った人だと考えますか?

先述したようにグローバルな環境で積極的に仕事ができるよう、基本として英語力とコラボ力を身につけていることまた、全体最適も部分最適も考えられ、リーダーやフォロワーなどその場その場での自分の役割を認識できる能力を持っている人。AIを使って人間が上手にできることへの視点を持つことも大事です。

私が学生に配信しているメルマガの中で「正義とは何か?」という哲学的な問いをしています。例えば、車の自動運転が一般的になったときに生じるような問題「事故があったときに誰の責任になるのか?」「右に1人、左に3人、人がいて真ん中に避けられるだけの十分なスペースがないとき、どこに進むのが正義か?」というようなAIシステムだけでは決められない、「解のない問い」を考えることが大事なのです。自分で考えて他の人の考えも聞くこと、議論して考えをまとめていくことも必要です。善い悪いではなく、解のないことに対応しながら生きていくのが人生です。そのような中で今後、経営学自体や大学のカリキュラムや科目も変わってくると思います。そのためには教職員も新しい感性を持っていないといけません。大学としては、考える力を持った人を育てていきたいと考えています。そして他人と議論したりコラボすることで、「三人寄れば文殊の知恵」のようによい知恵を導き出すことが、まだAIにはできないことで人間ができることではないでしょうか

※所属・役職は2019年2月取材時のものです。

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