プロが教える「進路づくり」 第9回

PROFILE
「高大共創」のアプローチで高校生の進路開発などに取り組む。日本大学理工学部建築学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。私立大学専任職員、予備校の総合研究所主任研究員などを経て独立。進路選びではなく進路づくり、入試広報ではなく高大接続が重要という観点から様々な団体やメディアと連携し、企画・情報発信を行う。全国の高校や進路指導協議会等で、進路に関する講演も多数努める。著書に『看板学部と看板倒れ学部 大学教育は玉石混合』(中公新書ラクレ)『文学部がなくなる日 誰も書かなかった大学の「いま」』(主婦の友新書)など。
(ウェブサイト)https://kurabeshiki.com/

第9回 企業が求める人材像と、大学の取り組み

日本の企業が新卒採用で学生に求める要素とは

日本経済団体連合会(経団連)は毎年、同会の企業会員に対して新卒採用に関するアンケート調査を行い、その結果を発表しています。「選考時に重視する要素」の1位はコミュニケーション能力で、なんと16 年連続でトップ。主体性が第2位(10年連続)、チャレンジ精神が第3位(3年連続)だそうです(※1)。以前のコラムでも述べましたが、特定分野の専門性以上に、「ジェネリックスキル」と言われる汎用的な基礎能力を重視する傾向がはっきりしています。

海外ドラマではしばしば「この部署は閉鎖だ。君は明日から来なくて良い」などとクビを宣告されるシーンを見かけますが、これは特定の業務に必要なスキルや資質を明確にし、ポストごとに契約を結んで雇用や解雇を行う「ジョブ型雇用」というシステムだから。これに対し日本で一般的なのは「メンバーシップ型雇用」という仕組みで、採用の時点では職務範囲を明確に定めません。正社員として雇用したら柔軟に配置転換などを行い、可能な限り雇用を守るのが原則です。そうなると採用する側としては、様々なチームや業務に対応できる基礎能力を持っているかどうか、が気になってくるわけですね。

付け加えると、仮に日本がこれからジョブ型雇用の社会に移行していくとしても、習得したジェネリックスキルの価値は変わりません。転職がより身近になる今後、こうした汎用的なスキルが身を助けてくれる機会はむしろ増えると指摘する専門家もいます。

就職に強い大学の条件を高校生に尋ねると、「資格が取れる」「キャリアセンターが親切」といった言葉がよく返ってきます。間違いではないのですが、これらは補助的な要素に過ぎません。資格を持っていれば必ず就職できるわけではないし、キャリアセンターが関わるのは長い大学生活のほんの一部分。それよりも、日々の授業でどう成長しているか、の方がずっと影響は大きいのです。

かつて大学でジェネリックスキルを鍛える場だったのは、4年次から始まるゼミでした。しかし就職を取り巻く状況が変わった今、それでは間に合いません。1年次から通常の授業でアクティブラーニングやPBL(Project Based Learning)などの実践的な学びを採り入れている大学と、そうでない大学とで、就職活動までに大きな差がついているのが現状です。

また産業界ではここ数年、多様性やダイバーシティといった言葉が注目を集めています。様々な立場の社会人から厳しいフィードバックを受けた経験や、これまで自分が過ごしていた環境とはまるで異なる場所、たとえば地方や外国などに飛び込んだ経験などを採用時に高く評価する組織は少なくありません。これらもカリキュラムや課外プロジェクトの充実度など、大学による差が大きい部分です。

本当の意味で就職に強い大学とは、様々な授業や機会を通じて学生を日常的に鍛えている大学。もしくは「成長したい」「挑戦したい」といった学生の期待に応えてくれる大学だと私は思います。進学先を検討される際は、前回までのコラムも参考にしていただきながら、入学難易度だけではわからない、こうした教育力をしっかり比較していただきたいと思います。

就職に強い大学だから、と油断しないで。

最後にひとつ、アドバイスを。

私(倉部)には予備校での勤務経験があります。予備校も企業ですから新入社員を採用しなければなりません。その面接の場では、実に様々な大学生を目にしました。難関大学に通う学生でも、話してみると「えっ、これで○○大の学生?」と驚くことがしばしば。「仕事やキャリアについて深く考えてこなかったのだろうな」「身近な友人以外と一緒に何かに取り組む機会がなかったのかな」……などと感じるケースもありました。

そんな面接を終え、今度は予備校スタッフとして高校生や保護者の方と進路面談です。「ウチの子は○○大学に入れたい。あの大学に入れば、就職は安泰でしょうから」。私は思わず言いました。「お母様、私はちょうど今朝、安泰ではない○○大生を目にしました」。

前述したように「就職に強い大学」に共通する要素はあります。これらに加えて高校生や保護者の中には、「入学難易度の高い大学は就職に強いはず」と期待される方もいるのではと思います。しかし実際のところ、「この大学なら必ず就職できる」などという保証はどこにもありません。就職に強い大学を探す工夫は大事ですが、進学した先で「就職に強い私」を目指して努力する姿勢は、それ以上に大事です。そうした主体性をこそ、企業は採用活動の中で評価すると思います。


※1:一般社団法人 日本経済団体連合会「2018 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果」2018年11月