プロが教える「進路づくり」 第1回

PROFILE
「高大共創」のアプローチで高校生の進路開発などに取り組む。日本大学理工学部建築学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。私立大学専任職員、予備校の総合研究所主任研究員などを経て独立。進路選びではなく進路づくり、入試広報ではなく高大接続が重要という観点から様々な団体やメディアと連携し、企画・情報発信を行う。全国の高校や進路指導協議会等で、進路に関する講演も多数努める。著書に『看板学部と看板倒れ学部 大学教育は玉石混合』(中公新書ラクレ)『文学部がなくなる日 誰も書かなかった大学の「いま」』(主婦の友新書)など。
(ウェブサイト)https://kurabeshiki.com/

第1回 何のために大学へ行くのか

大学進学が身近になった今だからこそ家庭でまず話し合っておきたいこと

「あなたは何のために大学へ行くのか?」。大学進学を検討している高校生に対し、保護者から一度は投げかけていただきたい問いです。

就職活動や、その後のキャリアにおいてメリットがあるから。専門的な仕事に就くために資格が必要だから。興味のある学問を通じて視野を広げたいから。留学したいから……など、高校生本人が挙げる動機は様々でしょう。

もしかすると、「周囲がみな進学するから」という答えが返ってくるかも知れません。私(倉部)は全国で高校生や保護者の方々を対象に、進路についての講演や授業を行っているのですが、進学率の高い高校ではこうした声もしばしば耳にします。いかに難易度の高い大学に合格するかが主な関心事であり、大学に行く理由自体はあまり考えたことがない、という方は結構多いのです。かく言う自分も、高校時代を振り返ってみれば同じようなものでした。

オープンキャンパスに出かける高校生に対して、どんなことが気になるかと尋ねると、「学食体験が楽しみ」「サークルやアルバイトの話が聞きたい」といった声を聞くことも少なくありません。できるだけ都心の繁華街に近い大学を選ぼうとする傾向もあります。授業や研究といった学びより、「大学生ライフ」を満喫することが進学の目的になっているようなケースですね。こうなると、少々心配になってきます。

保護者の皆様に、「大学がもし100人の村だったら」というたとえ話をご紹介しましょう。全国の大学入学者を仮に100人の村人に置き換えると、実は12人が中退し、13人が留年しています。30人は就職が決まらないまま卒業し、14人は就職するものの早期退職しています。大学を4年間で終え、卒業と同時に就職し、そこで3年以上働いている人はわずか31%に過ぎません(※1)。これらは現在の大学進学のデータに基づいた数字です。

中退の理由は様々ですが、授業に対して関心を持てない、学習意欲がわかないといったミスマッチも少なくありません。いわゆる難関大学、有名大学をすぐに中退している学生もいます。中退や留年イコール悪いこと、と断じるつもりはありませんが、「入学すれば4年で卒業できるのが普通だ」という思い込みが、高校生や保護者の間に広がっているのは問題だと思います。

なお大学・専門学校中退者の約7割は、非正規雇用に就くことを余儀なくされています(※2)。加えて現在は、大学進学者の半数程度が貸与型奨学金を利用しています。中退を機に奨学金返済が滞り、破産してしまう事例も増えています。もう少し高校生のうちに調べ、考えておきさえすれば防げたはずのミスマッチも多いのです。現在は高校生の半数以上が四年制大学へ進学しています。昔に比べて大学進学は身近になりました。だからこそ「あなたは何のために大学へ行くのか?」をご家庭で、改めて話し合っていただければと思います。

いま、大学で学ぶ意義とは

ご家庭での対話に向けて、私から保護者の皆様へ、2つのことを共有させていただければと思います。

まず第一に、現在の大学は明確に「学ぶための場所」になったということです。

かつては大学4年間を、厳しい受験競争を終えてから社会で働くまでのモラトリアム期間、と考える方が多い時代もありました。しかし現在は、学生の成長を重視する大学が増えています。卒業までに修得する学力やスキルを綿密に定め、そこに向けて4年間で段階的に成長させるカリキュラムを設計するのが、最近の大学のトレンドです。

授業スタイルも保護者世代の学生時代とは様変わりし、学生同士での議論やグループで取り組む課題、プレゼンテーションなどを重視する「アクティブラーニング」と言われる能動的な授業スタイルが広がっています。授業への積極的な参加が求められますから、生半可な態度では授業についていけなくなります。もちろんアルバイトやサークルも、学生生活を構成する要素として楽しみにしていただいて構いませんし、これらもまた、大事な学びや成長の場でしょう。ですが学業自体に関心を持てない大学や学部への進学は、オススメできません。たとえ保護者が勧めたいブランド大学でも、本人に学ぶ気がないのであれば、期待したような結果はなかなか出ないものです。志望校を検討する際は、本人が学びにワクワクできる大学であるかどうかを、ぜひ検証してみてください。

第二に、大学での学びは、短期的な資格取得や就職活動のためだけのものではないということです。

近年、「現在の小学生の65%が、今はまだ存在していない職業に就く」という予測(※3)や、「人間が行っている仕事の半分程度は人工知能(AI)やロボットで代替可能(※4)」といった研究が世界中で話題になっています。既にある職業や企業をゴールにしていても、そのゴール自体が消滅してしまうかも知れない……そんな激変の時代を今の高校生達は生きていくのです。

医療や保育などの専門職を目指す高校生も増えていますが、こうした資格も一生の安泰は保証しません。歯科医院の数は現在、コンビニエンスストアの店舗数以上です(※5)。遅くとも現在の高校1年生が30歳になる2033年頃までには医師の需給が均衡し、以降は供給過剰になるという予測(※6)もあります。

このように先の読めない時代だからこそ、専門分野の内容に加え、論理的思考力やコミュニケーション力、語学力などの汎用的な基礎能力をしっかり身に付けているかが重要になります。そもそも、専門学校では卒業者の9割以上が専攻した業種・職種の職に就きますが、大学はそうではありません。法学部でも大多数の卒業生は法律関連以外の職に就きますし、文学部卒で製造業や情報通信業に就職する方や、理工系学部卒の雑誌編集者なども珍しくありません。途中でキャリアを変える人も大勢います。大学は、学部・学科ごとの専門知識を身に付けるだけでなく、学問を通じて汎用的・普遍的な力を磨く場でもあります。大学のこうした学びは、今後さらに重要になってくるでしょう。

仕事を取り巻く状況が次々に変わっていく社会では、「学び続ける力」もより重要になってきます。社会の状況を見ながら、その時々で自分に必要な学びを組み合わせ、生涯にわたって自らのキャリアを自分でつくっていく。そんな姿勢が大事になると言われています。既に存在している特定の職業に就くだけなら、そのためのトレーニングができる専門学校で学ぶのも良いでしょう。しかし、上記のような社会状況を考えると、15年、20年先のことを見据え、大学で学ぶ意義はより高まっていくように思います。

何のために大学へ行くのか。保護者の方からぜひ、問いかけてみてください。いずれ進学した後に、その問いが大きな意味を持ってくるはずです。


※1:山本繁『つまずかない大学選びのルール』2013, ディスカバー・トゥエンティワン
※2:独立行政法人労働政策研究・研修機構「第3回若者のワークスタイル調査」2012
※3:Cathy N. Davidson『Now You See It』2012, Penguin Books
※4:マイケル・A・オズボーン『雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか』2014, ほか
※5:厚生労働省「平成27年(2016) 医療施設(動態)調査・病院報告の概況」、日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統計調査年間集計(2016年)」
※6:厚生労働省「医師の需給に関する中間とりまとめ(2016年)」2017