SANNO SPORTS MANAGEMENT 2009年 Vol.2

SANNO SPORTS MANAGEMENT 2009年 Vol.2 FEATURE「産業能率大学 collaboration with 湘南ベルマーレ」


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*1)坂下博之『坂下博之指導理念』*2)坂下博之『ジュニア年代における指導』*3)中原淳・長岡健『ダイアローグ対話する組織』ダイヤモンド社*4)現在は、「イブニング・ダイアローグ@代官山」という、人事マネージャーのためのインテリジェント・サロンを展開しています。(http://www2.hj.sanno.ac.jp/daikan/)な力を発揮する「即興的な対応力」を修得する鍵が、「主体的に学ぶ姿勢」にあるからです。今日の人材育成研究に大きな影響を与えたドナルド・ショーンは、優秀な実務家の特徴が、「一般化された原理・原則」に固執せず、目の前の状況を瞬時に読み解き、柔軟に考え、行動する「即興的な対応力」にあることを明らかにしました。さらに、その後の研究から、即興の振る舞いは、他者から「教えられる」ものではなく、困難な仕事を成し遂げていく過程での様々な経験を、深く「省察する」ことで醸成されていくと分かってきたのです。「型通りのことを正確に実行する」だけでは優秀な実践者とは見なされない分野において、「主体的に学ぶ」とは、自らの経験を深く省察し“気づき”を得ることを意味しています。つまり、「考える力」とは、経験から「気づく力」ということです。「考えるサッカー選手」の学びをいざなう対話これまでの話から、「考えるサッカー選手」とは、自らの経験を振り返りながら主体的に学んでいく選手であることが理解いただけたと思います。では一体、このような意味での「考えるサッカー選手」を育成するには何をすべきでしょうか。それには、近年のビジネスで注目を集める「対話(ダイアローグ)」*3)が役立つと、私は考えています。ビジネスパーソンであれ、サッカー選手であれ、自分自身について振り返るには、他者のまなざしが必要です。多くの人は、いきなり「振り返ってください」と言われても、何をすればいいのか分からず、途方に暮れてしまうに違いありません。むしろ、自分の経験を他者に話し、それに対して他者からコメントや問いかけがなされたとき、結果として、「ああ、自分は振り返ることができた」と実感するのではないでしょうか。特に、意識的な省察に不慣れな人にとって、自分を客観視するのは非常に難しいものです。このような場合、「さあ、振り返れ」と迫るのではなく、リラックスした雰囲気での「マジメで楽しい対話」を通じて、自由に思いを巡らす環境をデザインすることが大切です。私はこれまで、ビジネスパーソンを対象に、「マジメで楽しい対話」を通じた学びの場づくり*4)に取り組んできました。そこから得られた知見を活用し、「考えるサッカー選手」の学びをいざなう「対話の場づくり」に挑戦する試みが、FootballIntelligenceBootCamp(FIBC)と名づけられたワークショップです。FootballIntelligenceBootCampという学びの場FIBCとは、産業能率大学サッカー部の選手を対象に、月1回のペースで開催されているワークショップです。ここでは、考えるサッカー選手」=「主体的に学ぶ姿勢をもつサッカー選手」の育成を支援するために、以下のような3種類の活動を中心にした学習環境がデザインされています。レゴブロックを使ったグループワーク、コミュニケーション・ゲーム等、協調学習に取り組み、「学習=知識獲得」と見なす古い学習観を解きほぐす。トップ・アスリートのドキュメンタリーやインタビュー番組をもとに対話を行い、自分とトップ・アスリートを対比しながら「自己理解」を深めていく。チームの目指す方向性や運営方法について話し合い、「相手の意見を認めつつ、自分の考えを主張する」という相互理解のプロセスを体感する。この中でFIBCが最も重視しているのは、古い学習観を解きほぐすことです。ブートキャンプという名前とは裏腹に、ただの「お遊び」と誤解されてしまいそうな活動を中心に据えているのは、「マジメで楽しい対話」の意義を感じとってもらうことが何より大切だと考えているからです。たしかに、一流の実践者(プレイヤー)になるには、修羅場経験を踏むことが重要です。しかし、それだけで深く学ぶことはできません。困難に立ち向かうハードシップだけでなく、リラックスした雰囲気の中、真剣なテーマについて自由に話し合える場が必要だという認識を、多くの人材育成研究者がもっています。これは、「困難を克服していく過程での様々な経験」と「硬直化した思考・行動様式を解きほぐす、マジメで楽しい対話的省察」の両輪によって、経験からの学びが促進されていくということでもあります。実際、FIBCという「対話の場」に1年間参加することで、若い選手たちは、徐々にではありますが、真剣なテーマの話し合いを楽しめるようになりました。今、彼らは「考えるサッカー選手」への第一段階をクリアしたのだと、私は理解しています。ビジネスからスポーツへの「越境」の先に部下の主体性を重視せず、「自分のやり方」を押しつける上司に警鐘を鳴らすことが、人材育成研究の最も重要なミッションのひとつだと、私は考えています。では、人材育成研究者がビジネスからスポーツへと「越境」するとき、このミッションも同時に境界線を越えていくのでしょうか。「指示通り動け」と声を張り上げる指導者と、部下に持論を振りかざす上司が、私の目にはオーバラップして映ります。両者に共通しているのは、「私の“優れた戦略”を実行すれば、全てうまくいく」という意識です。これは同時に、「うまくいかないのは、“優れた戦略”を実行できない部下(選手)の問題」ということにもなります。そして、この背後にあるのは、「指導=教える」という古い教育観です。「考えるサッカー選手」の育成支援をめざすFIBCの挑戦は、まだ始まったばかりです。でもどうやら、「指導しない指導が大切」というキーワードを手がかりに、スポーツ界からの圧倒的な“輸入超過”を是正する道筋が見えてきたような気がします。まず、「マジメで楽しい対話」の可能性を探ることから始めていきます。12316


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