Annual Report Vol.2


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ざ映画館へ向かう」「無料でなく有料で楽しむ」映画館の話と行動面では合致する。時として幸せな時間を過ごした記憶は、年齢を経ても忘れないものである。「好きな映画を教えて下さい」「好きな国を教えて下さい」2つの質問は内容こそ異なるが、印象深い時間を過ごした記憶を辿る作業は一緒である。日本人も少しずつではあるが、オンとオフのスイッチを切り替えて、個々の時間における「質」で楽しむことを覚えつつある。最新の技術を少し疑ってみる、という余裕放送作家ライター高橋洋二前回のAnnualReportVol.3に私が「『デジタル』があたりまえになった今」と題し、あえて映画興行の「アナログ」つまりはフィルム上映について考えてみると新しいものが見えてくるかもしれない、と書いた。そんな私を甚だしく落ち込ませる出来事が今年になって起こった。クエンティン・タランティーノ監督の新作「ヘイトフルエイト」は監督の強い意向で70ミリフィルムで撮影された作品で、当然ベストの状態での鑑賞は70ミリフィルムによる映写の映画館でのものだ。70ミリ映画と聞いて胸踊らせる世代は私のような50代以上の映画ファンだろう。60年代に、より大きなスクリーンで細部まで明瞭で深みのある画質で観てほしいと製作者が判断した超大作はしばしば70ミリ映画として公開された。「バルジ大作戦」「ライアンの娘」「トラトラトラ」など多数。私が関わったテレビ番組で、おすぎとピーコさんに「一番好きなディズニー映画は?」という問いかけにお二人が同じ作品「眠れる森の美女」と即答、どこがいいのですか?ときくとうっとりとしたように「70ミリだから〜」とお答えになった。そんな70ミリ映画の久々の新作「ヘイトフルエイト」は、なんと日本では70ミリフィルムによる上映ができなかったのだ。全部デジタル。アメリカでは100館の映画館で70ミリ上映されているというのに。実際70ミリ映画の映写機を常設している映画館はアメリカでも少なく、本作上映のために各地の倉庫などに眠っていた機材をメンテナンスして使用したとのこと。こんな事態がなぜ起こったのか考えてみると、ハリウッドが10年くらい前に全世界に通達した「これからは我々は映画の上映素材をフィルムからデジタルに完全移行するからよろしく」的な文言に対し日本の映画興行会だけが素直すぎる対応を異様な素早さで行ってしまったことに他ならないだろう。タランティーノの意地というか酔狂のような70ミリはもちろん、35ミリフィルムの上映が可能なシネコンも少なくなってしまった。私といえばあいかわらず年間200本映画を観ているが、新作のデジタル上映作品より昔の日本映画をとても美しい35ミリ上映の名画座で観ることが多くなった。何が言いたいかというと、〈最新の技術〉イコール〈善〉という考え方は時におそろしい事態をもたらしますよ、ということです。物語が込められた瞬間、モノは商品になるモンサンクレールオーナーパティシエ辻口博啓地域振興を目的に、お土産品や物産品の開発を取り組んでいる地域は少なくない。開発した商品がメディアで取り上げられれば、地域の知名度が向上し、来訪者の増加も期待できる。もっとも、関係者が喧々諤々議論し、試行錯誤の末に開発した商品も、販売段階で思うように消費者から支持を得られず、期待した成果があがらない例も多い。このように地域産品の開発が失敗に終わってしまう原因の1つには、関係者がモノづくりに終始し、ブランドづくりまで意識が及んでいないことにある。2014年度の試行を経て、2015年度に経営学部実務教育科目「ブランド・プロデュース」が本格開講した。本講義では、学生たちに商品開発から販売までを一気通貫で体験してもらい、商品プロデュース、ブランドづくりを学んでもらう。2015年度は、商品開発の素材として「福島県のトマト」を取り上げた。福島県は、実はトマトの出荷量全国7位である。しかし、トマトと聞いて福島県をイメージする人は少ない。トマトは野菜には珍しく、すべての都道府県で生産されている。そのため、トマトは特定の生産地がイメージされない、いわば「どの地域の色もついていない野菜」である。これは逆に言えば、福島県のトマトをブランド化すれば、トマト=福島県というイメージを確立できる可能性を示している。当初、学生たちは、デパ地下でトマトを使った人気商品などを調査し、消費者の目を引くユニークなモノづくりを検討していた。しかし、福島のトマトを、単なる素材(モノ)として捉えても道は拓けない。私は、学生たちに、仮に開発した商品を福島県で販売する際、お客様にどのような話をするのかを考えるように伝えた。すると、ある学生は、温暖な気候から「東北のハワイ」と称される福島県いわき市から連想して、ハワイの定番おやつである『マラサダ』に注目し、福島の太陽に照らされて元気に育ったトマトを使ったマラサダ商品を提案した。そして、その学生は、太陽の形に似たマラサダが福島を照らし、地域創生のシンボルとなってくれることを願った。コンテンツビジネスの視点から考えると、モノに開発者の思いなどの物語を添えて流通させることで、消費者はモノとしての価値に加えて、物語をコンテンツとして購入してくれる。物語が込められた瞬間、モノははじめて商品になるのである。25


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