アニュアルレポート

地域創生・産学連携研究所は、経営学を主体とした地域創生に資する活動を展開します。 持続可能な社会を形成するうえで、地域社会の発展は不可欠です。そのアプローチには経営学、ICT活用、マーケティング戦略は特に重要な分野といえます。 当研究所では、キャンパスのある自由が丘や湘南をモデルに地域創生の成功モデルを構築し、日本社会での地域創生に貢献します。


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くらいは本業に支障をきたすレベルのボランティアぶりだ。しかし自分も一言でいうとすっかりハマってしまい、今ではイベント運営の中心となっている。こんな私みたいな人間が商店街には何百人もいることが、自由が丘のイベントを力あるものにしているのではないかと思っている。学生たちもこの情熱に飲み込まれ、自ら学び行動するようになり、結果として商店街と大学の全国的にも誇れる良い関係がうまれていったのではないかと考える。次に「自由が丘駅前中央会」と産業能率大学学生との活動に焦点をあてて述べていきたいと思う。同商店会は大小合わせて様々な定期イベントが例年開催されているが、代表的なものは南口商店街の「マリクレールフェスタ」と共催している「THEJ」と、振興組合主催の「女神祭り」と同日に共催している「JAZZSTATION」である。毎年5月に開催される「THEJ」は、開催年度で見ると10年に満たない歴史が浅いイベントだが、その発足当時から産業能率大学の学生有志が深く係わっていただきスタートした。「THEJ=これぞ、自由が丘」を象徴するイベントを立ち上げようという自由が丘の駅前中央会青年部が企画した本イベントは、今では社会全体に浸透した「サステナブル=持続可能(SDGs)」を体現するイベントとして、今では自由が丘を訪れる多くの方々に認知されてきている。自由が丘という街は、日本を代表する文化人が集まる場所として長年環境への意識が非常に高い事で知られている。天ぷら油の廃油をリサイクルして走る地域の無料コミュニティバス事業「サンクスネイチャーバスプロジェクト」をはじめ、コカ・コーラ社との協業から生まれた「自動販売機の上に芝生を設置し、CO2の削減に貢献する」という「自由が丘緑化計画」や、飲食店から排出されるワインボトルのコルク栓をリサイクルした「コルクベンチ」を自由が丘の街に設置するプロジェクトなど、その実例は枚挙に暇がない。「THEJ」は、自由が丘の先輩方が育んできたこうした環境への高い意識を受け継ぐ形で誕生したイベントである。「一日を頑張った自分へのご褒美に」「特別な記念日ではないけれど、大切なあの人への何気ない感謝を伝えたい」そんな気持ちにふととらわれた時に、日本人的な感覚ではまだ心理的なハードルが高い「当たり前の日常に、花や緑を(家や大切な人に)持ち帰る習慣を提案しよう」というのが、本イベントの趣旨である。自由が丘の園芸店を中心とする、様々な企業がイベントの日にはブースを出展し、歩行者天国の路上に緑が咲き誇る光景は、例年自由が丘を訪れる多くの方々を魅了し徐々に認知度と規模が大きくなってきている。このようなイベントの発足当時にも、産業能率大学の学生たちは大きな力を発揮した。元々「自由が丘イベントコラボレーション」の授業で、駅前中央会との繋がりが深い学生たちを中心として、駅前中央会の青年部やイベント委員会と連携してイベントの内容の企画立案、運営準備を進めてきた。結果的に、自由が丘の園芸店との共同企画である「グリーンマルシェ」や、本イベントを広報・PRする目的でiTSCOMの運営する地域ラジオコミュニティ「FMサルース」内の番組における公開ラジオ収録ブースの運営という、これまでにない大きな成果を達成する事が出来た。また、自由が丘地域最大のイベントである「女神祭り」では、長年に亘り自由が丘を象徴する音楽である「JAZZ」の世界的なプレイヤーを一堂に会して行う「JAZZSTATION」の運営にも貢献している。ボランティアとしての当日の運営はもちろんのこと、その枠を超えて企画段階からステージの進行の調整にも携わり、出演するアーティストとの事前打ち合わせや連絡にも中心的な役割を担う学生も例年輩出されている。ここで特筆すべきことは、そういったイベント運営のノウハウや経験、また街の大人たちとの絆や信頼関係を、学生たちが自主的に後輩へ引継ぎ育む文化が形成されていることである。時に厳しく、思いやりを持って自身の経験を後輩たちに指導する姿勢を見ると、彼や彼女たち学生のみんながその数年で苦悩し、努力を続けながら形作ってきた成長の証を目の当たりにするような思いを覚え、それを見ていた私たち大人の胸にも熱いものがこみ上げてくる瞬間がある。コロナ禍の状況において、残念ながらこうした活動の多くはこの2年ほど停止をしてしまっている。おそらく、この10年のうちに培ってきた多くの経験や知識、コミュニティーとしての成熟度については、先輩から後輩への継承という面においては不十分なものとなってしまったのではないかと考える。しかし、これはある意味でものごとの始まりであるのかも知れない。100年に一度の災厄といわれるコロナ禍18


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