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ソーシャルビジネス

第2回 大山信仰の歴史

2017年10月9日

大山阿夫利神社宮司 目黒 仁氏

講師情報

大山阿夫利神社宮司 目黒 仁氏

大山信仰の歴史

 大山阿夫利神社宮司、目黒仁氏をお迎えし、「大山信仰の歴史」というタイトルでご講演頂きました。
 最初に大山が山岳信仰の対象として祀られてきた歴史についてご説明を頂きました。『大山』が信仰の対象となったのは天平勝宝7年に良弁僧正が開山したのが始まりとされました。特に、大山詣りが盛んになったのは江戸時代からであり、上社への参詣が許される7月の夏山の時期には3万人が大山を訪れました。当時、庶民は旅行を禁止されていましたが、参詣は特別に許されていたため、娯楽を兼ねた参詣のために関東各地の村に於いて参詣の団体が組織されました。これが、現在まで残る大山講へと繋がってきたとのことでした。 
 かつて、神仏習合の考え方から大山頂上には阿夫利神社の御神体があり、中腹(現在の下社のある場所)には大山寺がありました。しかし、明治期の神仏分離により大山寺は、現在の場所へと移動しました。この時期から、廃仏毀釈のため大山は大きな混乱期になったとのことでした。多くの講を集めた大山への参詣も大正、昭和、平成へと時代が変わり、大山登山の在り方も参詣からレジャーへと変わりました。その結果、講による参詣も減り、先導師旅館も減ってきているとのことでした。
 しかし、平成25年に「神奈川県の新たな観光の核づくり認定事業」の認定、平成28年に文化庁による「大山詣り」の日本遺産の認定が発表され、今、大山の活性化の時期として新たな機会となっており、観光客・参拝客の来訪者数も増えてきたとのことでした。
 最後に、学生から「信仰を観光のために利用してよいのですか」という質問に対し、「参詣は厳粛なものとして受け取られがちですが、江戸時代から多くの人が娯楽を兼ねて大山を訪れ、参拝してきました。大切なことは、厳粛な気持ちを持って祈りを捧げることなので他のことは気にする必要はありません。」という回答を頂きました。

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